2002年10月09日
2008年12月25日修正・加筆

日釣振・北海道地区支部の方針



 2002年10月8日、「財団法人 日本釣振興会(以下、日釣振)」の「北海道地区支部(以下、道支部)」が、「北海道内ではバスは放流せず、釣りによる利用もしない」という新たな方針を決めた。

 この方針は当時、ブラックバスが道内の湖沼で相次いで捕獲されたことを受けてのもので、道支部の木村義一支部長は「北海道の釣り場環境を守る上で、バスによる生態系への影響は無視できない」として、今後は他の釣り団体にも賛同を求めるという。

 日釣振といえばこれまでさかんにバス釣りを振興し、積極的にその公認釣り場の拡大を目指してきた。が、日釣振の本部は道支部の方針に対し、「北海道は公的にバスがいないとされる地域。新たに放流すべきではないという支部の方針は本部方針と矛盾はしない」として道支部の方針を認めているという。

 「バスを利用しない」という方針を打ち出したのは、全国四十七都道府県にある日釣振の地区支部では道支部が初めてである。

 だが日釣振らは先に公認バス釣り場造成のための「100万人署名運動」を行っており、この運動について道支部も無関係ではなく、独自署名を集めるなど北海道における公認バス釣り場の造成にはむしろ積極的ですらあった。またこれが実施された当時、北海道におけるバスの公式な生息確認はまだなく、一般的にバス釣り場とされる水体は存在していない。つまり北海道に公認バス釣り場を設けるとした場合、それは新たにバスを放流するということである。

 道支部が「釣り場環境を守る上で、生態系への影響は無視できない」とする魚について、「新たに放流すべきではない」との方針を打ち出し、本部はこれを「本部方針と矛盾はしない」と認めた。だが「100万人署名運動」は「公認バス釣り場を造るため全国の都府県知事宛に請願する」───つまり北海道にも「公認バス釣り場を造る」ことを目的としており、それは「公的にバスがいない地域」である北海道に「新たにバスを放流する」ことと同義である。

 したがってこの方針は、署名運動などにより北海道における公認バス釣り場が実現したならば、「釣り場環境は守られず、生態系にも無視できないほどの影響を与える」ということを日釣振が自ら示唆しており、今回の方針と署名運動のそれぞれの趣旨には、あきれるほどの著しい矛盾がある。

 また署名運動は「公認バス釣り場を造るため都道府県知事宛に請願」し、「北海道にも公認バス釣り場を造成」することが目的であったのだから、この目的と反する方針を打ち出したことについて、賛同した署名者らに対しても説明責任があるだろう。様々な矛盾などに対する考え方と、それを踏まえた上での過去の活動、発言の妥当性について、日釣振からは一切触れられていないが、これではあまりにも説明不足であり無責任ではないか。

 さて、このように100万人署名運動はもとより、独自署名を集めるほどにまで北海道での公認バス釣り場造成にも積極的だった道支部であったが、なぜこうした方針に転じたのだろうか。

 「つり人社」が発行する釣り雑誌「North Angler's(ノース・アングラーズ)」では、外来魚やブラックバスについての読者アンケートを実施している。これによれば北海道にバスを移植することに反対し、何らかの規制を求める回答が大勢を占めており、北海道の釣り人の多くが「北海道にバスはいらない」と考えていることがうかがえる。これは一般にバス釣り場となるフィールドがないこと、イワナやヤマメに代表される渓流魚などが充分に魅力的なルアー、フライフィッシングの対象魚として既に存在していることなど、北海道の地域的特性のあらわれでもあるだろう。

 もし北海道の釣り人がバスを容認し、その釣りを望んでいたならば、日釣振らは道内で捕獲されたバスについて、有効利用の名の下でその釣りを振興したい考えもあったのではないか。なぜなら本当に「バスによる生態系への影響は無視できない」と考えていたのなら、この方針の発表がこれまで生息していなかった北海道で相次いで捕獲された後というタイミングというのはあまりにも遅すぎないか。

 日釣振は2000年1月に発表した「釣り人宣言」において、「不法放流はしません」と宣言している。北海道における一連のブラックバス生息確認は「釣り人宣言」以降のものだが、宣言以降新たに生息が確認された水体におけるバスの利用について、当初はどのように考えていたのだろうか。「不法放流はしません」としながらも、公認釣り場以外に生息しているバスと、その釣りを容認してきたこれまでの擁護派らの動向を考えたとき、北海道を含む各地で新たに生息が確認されたならば、日釣振などの釣り団体、釣り業界そして個人の釣り人らの不法放流への関与について、その可能性をも否定し、「そこにいる魚を釣っているだけ」と、そこでの釣りの正当性を主張したい考えもあったのではないか。

 また「バスを利用しない」とは道支部の方針であるから、他の都府県におけるそうしたバスの利用について、今後もこれを容認する構えなのではないか。

 だが北海道では、地域的特性を無視して本州以南と同列に公認釣り場造成を目指すことは、団体のイメージダウンにもつながるものになりかねない。また公認バス釣り場造成を求める運動は、すべてのバス釣り人は密放流をしていないという前提で行われたはずだが、その署名提出後に北海道でバスが確認されたという事実はこうした運動に少なからず影響を与えるものだ。この方針の発表は、北海道における釣り人の放流への関与を否定し、北海道への公認バス釣り場造成にも積極的ではないとのアピールこそが目的だったのではないか。またそうしたアピールは、バスをめぐる様々な活動から北海道を切り離すことで、その後の本州以南におけるバス釣り振興や公認釣り場造成を目指す運動を継続していくためにも重要だったのではないか。

 では、この方針を打ち出した「道支部」とそれを認めた「本部」らは、他の地区支部、道内の各副支部そして個人の会員らに対しては、どのようなカタチで周知徹底を図るのだろうか。

 本来ならば方針を周知させることは、日釣振会員のみならずすべての釣り人、釣り団体を対象にすることを想定して行われるべきであろう。なぜならば日釣振は「釣り人宣言」や「釣り界の主張」などを発表しており、その題目などから「釣り人」や「釣り界」の代表を自認する団体だと考える事が妥当であろうし、この方針について「他の釣り団体にも賛同を求める」ともしている。だがこれについての日釣振道支部の具体的な取り組みは明らかにされてはいない。そればかりか実際には、この方針に関する具体的かつ実効的な取り組みなどは行われなかったのではないか。我々にそうした疑念を抱かせるのに充分すぎるエピソードがある。

 2004年3月17日、北海道水産林務部主催による「ブラックバスの侵入を食い止めよう〜道外での生態的打撃と社会的対立を繰り返さないために〜」という講演会が、札幌市内のホテルで行われた。ここでの講演終了後の質疑応答の際、自ら「日釣振役員」だと名乗る男性から「テレビや雑誌でこれほどバス釣りの楽しさが伝えられているのに、それを北海道でダメだというのは納得できない。」といった旨の発言があった。

 なぜ北海道でバス釣りがダメなのか───「北海道内ではバスは放流せず、釣りによる利用もしない」とは「日釣振道支部」の方針である。会場にいた多くの参加者が、日釣振の役員であるこの発言者に対して「なぜダメなのか」と、逆に問い返したいと思ったことだろう。自らの立場、そして発言の場を完全に間違えているとしか言いようがない。

 こうした発言の内容から、日釣振道支部が新たに打ち出し公式に発表した方針について、部内への充分な周知徹底が図られていないであろうことは明白である。しかもこの発言をした男性は一般の会員ではなく役員の立場にあり、むしろそうした周知徹底をはかる上でのイニシアチブをとるべき存在ではなかったのか。公式に発表した方針について充分な周知徹底すら図れず、役員ですらその趣旨が理解できていないばかりか、公の場で方針に異を唱える内容の発言をしている。そのような団体をいったい誰が信用できようか。

 こうした様々な矛盾や問題点を考えたとき、この方針が「北海道の釣り場環境を守る」ためなどではなく、日釣振の保身のために打ち出されたのではないか───と感じざるを得ない。

 だがしかし、今後こうした問題を解決していくには、我が国最大の釣り団体の影響力を考えるとその協力は不可欠なものだろう。今後の日釣振には、釣り場となる自然に対しより謙虚な姿勢で、釣りをめぐる様々な問題と真摯に向き合い、反省すべきは反省し、問題の解決ばかりではなく真の釣り場環境保全に取り組み、日本の釣り界全体を正しくリードできる団体に成長して欲しい。