2008年12月25日
北海道でブラックバスの養殖!? |
北海道へのブラックバスの驚異は、釣りの世界とは違うところからも迫っていた。北海道でブラックバスが養殖されていたのである。 2002年11月2日付の北海道新聞朝刊が、道東の養殖業者によって5万匹のバスが養殖されていたことを報じている。この時点ではブラックバスの道内への持ち込み、養殖などを禁じる法律や条令はなかったが、行政からは養殖の中止が要請され、バスの養殖の自粛を求める文書が、道内の養殖業者に向けて出された。 この養殖業者は2001年に、本州の養殖業者から「ヒメスズキ」を養殖しないかと持ちかけられ、試験的に養殖を開始した。当該業者はヒメスズキについて「淡水のスズキ」と説明を受け、それがブラックバスである事を知らなかったという。ヒメスズキとは一部の関係者の間で、ブラックバスの別称として用いられているものという。 このニュースが伝えられた時点で、5万匹のバスが養殖され、一部はすでに本州へ出荷されていた。また当該業者によれば需要に供給が追いついておらず、通常の出荷サイズになる前に取引業者が取りにきたこともあったという。出荷先はすべて本州であったようだが、これらの需要はいったいどこで発生していたのだろうか。 ブラックバスが漁業権魚種として認可されている釣り場が、全国で4カ所ある。いわゆる公認釣り場である。それぞれの公認釣り場を管理する漁業協同組合には第五種共同漁業が免許され、それらには漁業法によって水産動植物の増殖を義務づけられている。もちろんその対象はブラックバスも例外ではない。そしてその増殖には、そこを訪れる釣り人から徴収した遊漁料が充当されることになる。 また北海道ではあまり知られていないが、本州ではブラックバスを釣ることができる管理釣り場───すなわち釣り堀が少なからず存在しており、北海道でも1998年に石狩支庁管内と網走支庁管内の釣り堀2業者が本州産のブラックバス種苗を購入している。また驚くべきことに、その一部が放流されたとの情報もあるが、詳細は明らかにされていない。 このほか観賞用としての需要もあったようで、道内のペットショップでの販売ばかりではなく、個人で飼いきれなくなったとされるブラックバスが道立水産孵化場に持ち込まれたりもした。 これらのことから養殖ブラックバスには、釣魚としてばかりではない様々な目的の、決して少なくない需要があったと推察できる。 当該業者は2003年9月の出荷を最後にブラックバスの養殖を止め、新たな種苗を持ち込まず、今後はブラックバスの養殖はやめると関係機関に伝えた。これ以降、道内でブラックバスの養殖を請け負った業者の存在は確認されていない。またその後の調査では当該業者の養殖池下流へのバスの流出は認められなかった。 さて、本件での出荷先はすべて本州であったことから、その多くは釣魚として公認バス釣り場や管理釣り場などに卸されたと考えられるが、本州での需要に応えるのになぜわざわざ海峡を隔てた北海道での養殖だったのだろうか。大きな輸送の手間やコストをかけてもなお、北海道で養殖することにどんなメリットが見出されていたのだろうか。 これには、当時既に顕在化していたブラックバス問題によってバスのイメージが悪く、本州で養殖を請け負う業者が需要に対して少なかったということもあるかもしれない。また、もしそうであったなら需要が大きく本州だけでは間に合わず「需要に供給が追いつかない」ことも、請け負う業者数などの要素とも相まって一定程度あっただろう。だが北海道で養殖するねらいは、もっと別のところにあったのではないか。 当時、本州以南では既に多くのブラックバスが生息しており駆除も難しいこと、それの釣りが盛んなこと、それによる大きな経済効果があることなどの既成事実を理由に、バス釣りを公に認めさせようという動きが盛んだった。当該業者がブラックバスの養殖を持ちかけられた2001年は、3月に我が国最大の釣り団体「財団法人 日本釣振興会」らが、公認ブラックバス釣り場の造成を求めて100万筆を超える署名を水産庁などに提出している。そしてそのわずか4ヶ月後の7月、とうとう北海道でも初めてブラックバスが確認され、これ以降も道内でのブラックバス捕獲が相次いだ。 こうした状況などから、道内における養殖は北海道発のブラックバスを流通させ、これによる経済活動を成立させることで、道内におけるブラックバスの存在を既成事実化しようとし、これをもって道内での公認バス釣り場造成への足掛かりとしたい考えもあったのではないか。これこそが輸送に伴う手間やコストをかけるに見合うメリットとなり得ないか。そうでなければ非効率で無駄にコストをかけるやり方を、純粋な経済活動として行うことには疑問が残る。 しかしながら釣り雑誌のアンケートなどを見ても、北海道におけるブラックバスの印象は良いとはいえない。そこでブラックバスではなく「ヒメスズキ」とだけ伝えて養殖を持ちかけたのではないか。また出荷サイズにまで成長する前に取りに来るなど、「需要に供給が追いついていない」ことのアピールも道内の養殖業者らにビジネスチャンスだと思わせるためには重要だったのではないか。 果たして───道内3カ所で捕獲されたブラックバスは、これらの動きとは無関係なものだったのだろうか。一連の捕獲との時期的な符合は、偶然としてはあまりにもでき過ぎてはいないか。 また本件における出荷先はすべて本州とのことであるが、仲介業者を経ているため流通先の詳細が明らかになっておらず、これらの一部が公認釣り場や釣り堀以外へ放たれた可能性───つまり、密放流に利用された可能性も否定はできないだろう。 もし北海道にブラックバスが定着し、バス釣りが一般化していたとしたら、道内でのバスの評価はどのようなものになっていたのだろうか。北海道へのブラックバス定着を企図した者たちは、道民がバス釣りの楽しさを知ることでバスを歓迎するようになると、本州以南のバス釣りブームの状況から考えていたのではないか。 北海道でブラックバスが大きな経済効果をあげ、歓迎される存在となっていたとしたら、問題はより一層複雑化し、取り返しのつかないことになっていただろう。道内でのブラックバスの養殖は、まさにその口火を切ることになりかねない事象であったと言える。 当該業者が最後のバスを出荷して以降、北海道から養殖ブラックバスはいなくなった。また2005年6月に施行された「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(通称:外来生物法)」によって、こうした養殖なども規制されている。 |