8月14日
けふの一筆
この夏も
母すまふ方は涼しき里なりて宿下がりなどしまほしかれども、母なる人、物忌みにて籠りをれば、え下がれず、六條わたりにて過ごさむとす。夏休みとて淋しき表方も陽炎など燃へ立ち、常にあるとは思へぬさまにて、またあはれなる景色ともおぼゆ。
この夏も、惟光殿、吉備路に行きければ、いと良き団子などたづさへ帰り来むにこそ。駿河の国よりこれもまたいと良き茶など取り寄せ、舶来の硝子なる器取り寄せ、日影の君とともに日暮らし、吉備路を彼方に仰ぎ見ゆ。
 忘られぬ きみ知りそめし 去年の夏 茶熱きうちに はや帰り来せ
この夏も胸ときめかせ帰りを待ちてありけり。

日だまりの君
出身:上野国
(日だまりカフェ)

■日溜日記■

惟光殿帰り来りて、再び院の奥つ方に戻りぬ。手遊びに霊異房に倣ひて日記なるものをしてみむとす。院にてありしよしなしごとなど、心向くまま書きつくれば、式部納言の物語など生まれいづるやとなむ。
吉備つ団子 留守居の折、惟光殿の文など届け、琴歌苑に参らせしとき「惟光」と申せしに、帰り来る惟光殿これを見て「こはあさまし」となむ。いとよき吉備つ団子など届け参らせ、「以後はかくあるにや」などとのたまへば、いたしかたなし、以後、惟光殿となむ言いはべらむとこころす。
  吉備つ波 また寄すとなむ こころあて 今はとばかり 思ひはべりぬ
げにをかしきは吉備つ団子なれど、こはわが心の奥におさめ、ただ次の夏を待たむとおぼゆ。
六條の心 惟光殿、明日香より帰り来たれば、吾もいとまほしくおぼえど、寄る辺なき身なれば、宿下がりなどと申しおきて上野の国日だまりカフェに戻らむ。惟光殿、留守居の御礼など書き連ね、文など届け参らせ、院の子等のあはれなる姿など詠みし長歌反歌寄せ、いと憂き様にてぞある。文読みて思ほえず涙落つ。
  旅行かむ 荒波高き 憂き世行け かなはぬ潮に 今は漕ぎ出でな
行かねば道開かれず。留まることなかれ。行く水のごと、流るる雲のごと、広き世に向かひて臆することなく行かむとぞ。こは、六條の心とこそ。
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西へ向ひて 上野の国を出で、相模の六條院へ戻りはべりらむ。宿下がりし吾に惟光殿より「とく、参られよ」などと文届きたり。母あつらへし着物などたづさへ、いざ山路を越ゑゆかむとおぼえど、来る日の暑さを思ひ、ため息続けり。
 音に聞く 相模の浦の 六條へ どこでもどあを 切に望まむ
以後、吾が猫「どらゑもん」と名付けむとおほゆ。
盛る虫の音 研修旅行の留守居役も過ぎはべりぬ。よろづのこと終はりて、院の奥つ方へと戻り、秋の夜長に琴など取り出だし、かき鳴らすも、虫の音待ち遠しきことこの上なし。秋の虫、吾が琴の音に引き比べれば、なほあはれなる。
 夏草の 揺れる庭にも 秋来たる 待ち遠しきは 盛る虫の音
今しばしは書など読み、夜を過ごさむとおぼゆ。
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さるかにの 童女の頃、さるかに読みはべりし。さるのいと悪者たる、蟹の愛しさ、をかしげなるさまにておぼゆ。秋めきて、柿栗など見るに、なほ懐かしく、乳母の膝で聞きしなど、遠き国をおぼゆこともあるめり。
 さびしさに やどたちいでて ながむれば さるかにの木に 秋のゆふぐれ
猿真似び、柿のまだ青きをとりてかぶりつきてより、柿のわろきものと思ひ続けし吾に、いとよき柿なむ届きまほしや。
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秋はいづくや けふも雨音響き、銀杏紅葉などに雫のつたふ。時雨にて色めくといへど、秋の空光満つさまあらはれぬはうらめしき。鳥の天高くさへづるも聞こえず、鈍色の雲などながむるに心憂くなりて、秋の姿探しぬ。
  時雨めく ひさかたの空 恨めしく 探せど見えね 秋はいづくや
手すさびに夕陽に照りかへる山々描き、朱にて染めむ。心晴れ行かば、天の原も晴れ行くにや。
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誰ぞ聞きしか 吾が声届きしか、秋の空晴れ渡り、うろこ雲見えるなどをかし。
  天に坐す 誰ぞ聞きしか ひさかたの 空も晴れかし さればな泣きそ
童女の泣きて伏したるが、喜び笑ふなど、なほをかしげなるさまにて、吾が心もいと穏やかなり。
武 蔵 坊 昨今、六條に盗賊ありとなむ。吾は奥の院に居るゆゑ、さほど心動かず。御庭番なる剣士など頼みにあれば、心なき都の噂に故郷の母など心憂くならむと思ひ、急ぎ文したためつ。
 盗賊は 京の五条の 橋の上 その名も高き 武蔵坊てふ
母笑ひたまふさま思ひ、薄様の端に天狗の絵など添へ描きたり。
冬 の 華 建学祭終はりたり。最終日に打ち上げたる花火、吾が奥つ院より眺めはべりぬ。夏にこそと思ひし花火なれど、冬の空に咲くもまたあはれなり。いにしへより続く建学祭の終はりにふさわしき様なり。
  六條の 夜空に浮かぶ 冬の華 常世の夏と まごうゆゆしさ
惟光殿、建学祭のそこここでをかしげなる屋台の食べ歩きなどしぬるてふ。琴歌苑に書き置きてあれば、吾が奥つ院にも何事かあらめと思し、心あてに待ちはべりぬ。
吾が庵に 霜月もわずかになりぬ。吾が里は冬枯れはてむ。紅葉銀杏など終はり、枝ばかりになりたるを見るにつけ、異郷にてはじめての冬、吾が里より暖かくはありといへど、淋しさまさりく。
  忘れ路に 通ふ山鳥 いざ寄らせ ほのかに残る 匂い置き行け
吾が庵に懐かしき里の便り届き置けやと祈りつつ、鈍色の空仰ぎたり。
あくがれど 師の走るとはすなはち師走なり。男のすなる日記てふものをはじめ、異郷の冬は暖かなりと感じつつ、吾が年の瀬は過ぎ行く。昨今、クリスマスなる南蛮のならひなどつたはり、皆の浮かれたる、いと楽しげなるさまに吾もそぞろなり。吾が奥の院より学び舎をのぞめば、木々を飾りて光るなどみえて、いざまゐらむと思へども、知る人もなければ淋しくながむるのみ。
 空を刺す 光竜巻 あくがれど ながむは遠き 窓の内とは
溜息白く、冬の夜空に消へゆけり。
あらたまの 良き年の暮れ迎へむとて、餅、蜜柑、酒などあまた求む。蕎麦を忘れ、また求めに出づなど、いかにも年の瀬らしく、ひとり笑み浮かぶ気色なり。よきもわろきも合はせ、今、ここに居ること、ただそれゆゑにやすき心地す。ゆく年を嘆かず惜しまず、きたる年にこそ思い馳せ、遠き鐘の音に耳かたぶけむ。
  あらたまの 春をのぞみて 枕辺に 茄子置く吾の あさましきかな
欲、誰にもあらめ。百八の煩悩飛び立ちては戻り、それゆゑに人はをかしきものかなとぞおぼゆ。
吾が世の春 冬といへどあたたかなるは、うれしと思へどよからぬ心地す。南極の氷みな溶け出づれば、海が面、十尺上昇すてふ。吾が里は山奥なれば浮き残れど、この六條わたりはいかがならむ。阪神が震災より九年、野に宿る八百万の神、吾らの行く末を案じ、憂き世の芥眺むるにや。
 由良の門を 通ふ千鳥の 鳴く声は いつまで響く 吾が世の春に
舶来の書「沈黙の春」を読みぬ。花咲き鳥鳴く春、吾逝くまで絶へねと祈らむ。
はるはなのみと 春たちてあたたかくなりぬ。ははなるさとはまだ春とほきゆゑ、ろくでうより春のたよりなどとどけむとてかさねのいろめにさくらわかくさなどよりすぐり、つくりもののさくらなどにつけたる、いとをかしきをおくりたり。
  おさなごの はるはなのみと うたひまふ なつかしさとに おもひはせつつ
あかしのうへのまつにはおとれども、わがつくりたるさくらもなかなかのものとぞおぼゆ。
いづくにも 花咲く便り南より来たり。風もぬるみ、鳥もさへずれば、やはり春はとぞおぼゆ。それぞれのうれひ去りて、心安くなりぬも春が使者よりの賜りものぞなどとも。
 いづくにも 春来たるらし 時去りて かへりみすれば 桜舞ふ空
明るき気配、良き哉、あな春や。
春 雨 に 六條わたり、春の休みとて閑散たり。六條の子らも巣立ちたまひて、新たな道に進みたまひぬを嬉しとぞおぼゆれど、春雨降りやまぬけふなどは、いと淋しき心地す。惟光殿、つれづれなるままに奥の院にわたらせたまひ、何ぞあらむかと問ひたまへば、淋しからむやと思ひ、花もよからむ頃にて、掲示門までかちにて参らむと誘ひ申す。惟光殿、傘はいづくにとそこかしこ見渡したまひけるに、吾、答へけり。
 春雨に 濡れて参らむ
 散る花の 名残を惜しみ
 萌え出づる 若芽を愛でつ
 いたづらに 時を過ごさむ
 古りにし 吾と
柔らかき雨降る道なれど、吾は日だまりの君ぞ。
風 薫 る 惟光殿、吾ら映画に連れたまひぬべしと思ひをれど、この休みになりてもさせず。吾、日影の君を誘ひて、出でにけり。吾等が国のアニメ映画の粋は三国一なり。「名探偵コナン」てふ、をかしげなる映画を観、銀座がカフェでパフェのいとゆゆしきなどを食すもいとをかしき。
 風薫る 皐月の空の 高きかな 日だまり溢れ 日影濃き夏
夏の日高きこそ、吾らの姿明らかなれ。
歌もなければ 梅雨めく日なり。惟光殿は旅にありて、鈍色の、雲低き空舞う鳥など眺め居れば、無性に里恋しく思ふ。
今はただ あなかま給へ 歌もなければ
 賢しらに 慰むなかれ 光なければ
この夏も 母すまふ方は涼しき里なりて宿下がりなどしまほしかれども、母なる人、物忌みにて籠りをれば、え下がれず、六條わたりにて過ごさむとす。夏休みとて淋しき表方も陽炎など燃へ立ち、常にあるとは思へぬさまにて、またあはれなる景色ともおぼゆ。
この夏も、惟光殿、吉備路に行きければ、いと良き団子などたづさへ帰り来むにこそ。駿河の国よりこれもまたいと良き茶など取り寄せ、舶来の硝子なる器取り寄せ、日影の君とともに日暮らし、吉備路を彼方に仰ぎ見ゆ。
 忘られぬ きみ知りそめし 去年の夏 茶熱きうちに はや帰り来せ
この夏も胸ときめかせ帰りを待ちてありけり。


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