惟光の萬葉万華鏡
ー古事記歌謡編―

訓読：�@おほみやの　をとつはたで　すみかたぶけり
　　　　�Aおほたくみ　をぢなみこそ　すみかたぶけれ

口訳：�@宮殿の　あっちのはじっこ　隅っこが傾いちゃったじゃん
　　　　�A宮大工が　へたっぴなのさ　隅っこが傾いちゃったよん

歌の形式：片歌形式（５−７−７）

詠者：�@志毘臣（平群臣の祖）
　　　　 �A袁祁命（後の顕宗天皇）

訓読：�Bおほきみの　こころをゆらみ　おみのこの　やへのしばかき　いりたたずあり
　　　　�Cしほせの　なをりをみれば　あそびくる　しびがはたでに　つまたてりみゆ

口訳：�B大王の心が揺れるので　臣の幾重にも張り巡らされた垣根の中に　はいってこられないのさ。
　　　　�C波打ち際の波頭を見ていると　遊び来るシビのよこっちょに　妻が立ってるのが見える！

歌の形式：短歌形式（�C初句は字足らず）

詠者：�B 志 毘 臣
　　　　�C 袁 祁 命

★片歌と旋頭歌★
　５字句ー７字句ー７字句の三句からなる歌の形式を「片歌」という。「片歌」という名称は『古事記』中巻景行記、倭建命の物語の中に、
　　はしけやし　わぎへのかたよ　くもゐたちくも／こは片歌ぞ。
と見える。ほかにも仁徳記に「ホキ歌の片歌」とも見える。ただし、『万葉集』に片歌はおさめられていない。
　５−７−７−５−７−７の形式は「旋頭歌（せどうか）」という。こちらは『万葉集』にもかなり見られる。
　　いさなとり　うみやしにする　やまやしにする　しぬれこそ　うみはしほひて　やまはかれすれ（巻１６／３８５２）
さだまさしが「防人の歌」という歌の中で引用してかつて知られた歌だが、前半分が問いかけ、後半が答えになっているのに気付くだろうか。
　　（いさなとり＝枕詞）　海は死にますか　山は死にますか……問いかけ（５−７−７）
　　死ぬからこそ　海は潮が干くのだし　山は枯れるでのさ……答え（５−７−７）
いわば、片歌の繰り返しになっているわけだ。だからもともと歌垣などの場で二人で行われた片歌形式の歌謡による問答があったものが、独りによる自問自答のような内容となって旋頭歌という形式ができたのだと考えられている（久松潜一『上代日本文学の研究』1928（久松潜一著作集、〔１１号館図書館開架〕）など）。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（以上までは基礎知識として持っておきましょう）
　従来の見方の問題点については神野志隆光「旋頭歌をめぐって」1981＆1982（→『柿本人麻呂研究』1992、塙書房、〔11号館図書館開架〕）に詳しい。神野志の批判のはじまりは、問答形式ではない場合に「片歌」と呼ばれている事実から始まる。そこで『古事記』の中の「片歌」と示される歌のありかたを、その前に置かれた歌謡との関連性において検証し、前に置かれた歌と特別な関係を有して「声楽的乃至音楽的に現出するところを呼んだもの」だと新たに定義づけた。その上で、三句構成問答形式の歌について見直してゆき、従来の考え方を崩してゆくのである。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　（興味のある人は早速図書館に行って神野志先生の論文を読んで見ましょう）

★顕宗記歌謡の問題点★
　ここにあげた歌謡から始まる６首の歌は、歌垣を舞台とした一人の女性をめぐる二人の男の〈妻争い〉の物語を構成する。二人の男のうち片方、平群のシビは『日本書紀』の中にも同じ役割で類似した物語に登場している。歌も一部重なっており、両者を同一の伝承の別ヴァージョンと考えるのが一般的で、とくに『日本書紀』の方がストーリーとして整っているために、両者を比較解体して物語を再構築するということが古くから行われてきた。しかし、仮想される同一の伝承での解釈は『古事記』の、あるいは『日本書紀』の物語としての個性を消すことになるだろう。やはり『古事記』の物語は『古事記』のものとして、その表現者による表現意志の結果として、解釈するべきものであろう。

（未完）

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訓読：�@たぢひのに　ねむとしりせば　たつごもも　もちてこましもの　ねむとしりせば
　　　　�Aはにふざか　わがたちみれば　かぎろひの　もゆるいへむら　つまがいへのあたり
　　　　�Bおほさかに　あふやをとめを　みちとへば　ただにはのらず　たぎまちをのる

口訳：�@丹比野に寝るだろうと知っていたら　風除け菰だって持ってきたものなのに。寝るだろうと知っていたら
　　　　�A埴生坂にわたしが立ってみるならば　陽炎が燃上がる家々　妻の家の辺
　　　　�B大坂であったよ、少女に道問うと、まっすぐとは告げずに、当麻道を告げた（デコボコ道を告げた）

歌の形式：短歌形式（�@�Aは字余り）

詠者：伊耶本和気王（履中天皇）

詠歌事情（記の物語）
　難波宮にいたイザホワケ王が即位して大嘗祭をおこない、その宴席で酔って寝てしまった。そのとき同母弟の墨江中王は皇位を簒奪しようと宮殿に火をつけた。そこでアチの直（あたい）は天皇を盗み出して馬に乗せ、大和に行かせた。で、丹比野（大阪府羽曳野市）に着いたとき、天皇が目を覚まして「ここはどこ」というので、アチ直は事情を説明した。すると天皇は�@の歌を詠った。
　埴生坂について宮の方を見ると火がまだ燃えている。そこでまた�Aの歌を詠った。
　そうして大坂の山口に行き着いたとき、一人の女性に出逢った。「兵士がこの山にたくさんいます。当麻道を迂回して超えてお行きなさい」というのでまた天皇は�Bの歌を詠った。
　と、いうわけで石神神宮に落ち着いた。

後日談
　同母弟、ミヅハワケ命がやってきた。天皇がいうには「わたしはお前を墨江中王の仲間ではないかと疑っている。口をききたくない」。「わたしは邪な心は持っていない。墨江中王とはちがう」「じゃあ。帰って墨江中王を殺してからやってこい。そのとき話そう」。というので難波に帰って墨江中王の近習、ソバカリという隼人に「もし、お前がオレのいうこと、聞いたら、オレが天皇となったらお前を大臣にして天下を治めるぜ」という。「おおせのままに」。そこで多くの物を与えて「お前の主人を殺して来い」。そこでソバカリは主人（墨江中王）がトイレに入るのをひそかにうかがって矛で刺し殺した。
　ミヅハワケ命がソバカリを連れて大和に行くとき、大坂の山口に着いて思うには、「ソバカリはオレのためには役にたったが…。自分の主君を殺したことは人道に反することだ。だがその手柄に応えなくては信義にもとる。信義に応えればつけあがるにちがいない。手柄には応えてやるが、消えてもらおう」。そこでソバカリにいう。「今日はここに泊まって、まずお前に大臣の位を与え、明日、大和にむかおう」。そこに仮宮を立て即位の宴をし、この隼人に大臣の位を与え官人を集めて拝みさせた。隼人はやったね♪と思ったがミヅハワケ命はこの隼人に「今日は大臣と同じ酒を飲もう」といって飲むときに顔が隠れるほどの大きな盃を準備し酒をついだ。まずミヅハワケ王子が飲み、隼人が続いたが、この隼人が飲むときに盃が顔を隠す。そこで座席の下に隠した剣で隼人の首を切り落とした。そして明日、天皇のもとに参上した。だからそこを近いほうのアスカというのだよ。
　大和に着くと、「今日はここで泊まって祓禊して明日、神宮に参上しよう」。そこで遠いほうのアスカというのだよ。
　というわけで、石神神宮に参上して天皇に報告する。そこで天皇は弟を呼び入れて親しく語らったのだった。

★履中記の物語と歌謡★
　履中記の物語は不思議な物語だと思う。前半が歌で、後半が散文のみという構成は、女鳥王の物語に通じるものがあるが、前半の歌も独立歌謡臭が濃厚だ。�@は「丹比野で寝るとしっていたら障壁用の薦を持ってきたのに」という内容で、歌垣で結ばれるときの歌と解釈して問題がない。�Aは国見歌であるし、�Bも恋歌のようだ。�Bについては少し解釈を加えると、道を尋ねるのは、彼女の家に行く道を、だろう。彼女は直ではなく、タギマ道を応える。タギマは地名だが、タギタギシ（倭建命物語中にみえる）道＝デコボコ道の意を充たせて「直」と対立する概念を持たせているのだろう。求愛を断られた歌のように思える。
　では、これが古事記の文脈（反乱物語）の上で、これらの歌はどのような機能がもたされているのだろうか。詠歌地点の意味づけを行えば、�Aと�Bは難波と大和との境界性で説明を立てられよう。�Aには国見という呪術性を考えにいれることもできそうだ。しかし、�Aの歌の呪術性は地の文が消し去っている。「かぎろひの燃ゆる家群」は、舒明天皇の国見歌でも触れたように、大地のエネルギーの燃え上がる様と結びついて祝福する呪能を感じさせるが、ここでは「其火猶炳えてあり」の語句に支配されて炎上中の家屋としてしか解釈できないようになっている。�@にも�Bにも地の文は解釈を強く意味規制する性格を発揮している。それは場面の変化に相応したもので、一連の歌が、物語に並行的に一貫性を持っていることは見て取れる。つまり初句は「たぢひの」→「はにふさか」→「おほさか」と天皇の移動経路に即して地名をあげ、つづいて�@では覚醒の自覚、�Aは遠望と戦乱の火の手、�Bは逃亡経路が示されており、ある意味道行的印象すらうける。それでも解けない疑問は、なぜ、ここにこう歌謡を置く必然性があったか、ということであり、それは、地の文に規制された歌謡をどの次元に着地させるか、という問題なのである。

■参考文献■
青木周平「履中記における歌の機能」平成6年『古事記研究』（平成6年、おうふう）〔11号館図書館開架〕

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訓読：�@はしたての　くらはしやまを　さがしみと　いはかきかねて　わがてとらすも
　　　　�Aはしたての　くらはしやまは　さがしけど　いもとのぼれば　さがしくもあらず

口訳：�@倉椅山がけわしいので岩に手を懸けられないので私の手をとるんだね
　　　　�A倉椅山はけわしいけれど　恋人と登ればけわしくもないさ。

歌の形式：短歌形式（５−７−５−７ー７、�Aは字余り）

詠者：速 総 別 王（♂）

詠歌事情（記の物語）
　むら気な大雀命は、今度は八田若郎女（→前回の授業）の妹、女鳥王（めとりのおほきみ）を自分のものにしようと異母弟速総別王（はやぶさわけのおほきみ）に仲介をたのむ。彼女のもとに出かけた速総別王に女鳥王は、
「大后にふりまわされて、お姉ちゃんを上手にあつかえなかったじゃない。だから彼のものにはならないわ。わたしはあなたがいい」
といって結婚してしまった。返事がないので大雀命は自ら女鳥王のところに出かけてゆく。彼女の部屋の入口で、機織りをしている彼女に、
　♪女鳥、　ぼくのプリンセス、織っている布はだれのもの？
と謡いかける。
　♪高く天かける　ハヤブサワケの　服になるのよ〜
そう謡い返されて、大雀命は宮に帰ってゆくのだった。
　このとき、夫の速総別王がやってきた。妻、女鳥王のアリア。
　♪ヒバリは天かける　高く天かけるハヤブサワケ。サザキを獲ってちょうだい
大雀命はこの歌を聞いて軍をさしむけ、二人を殺そうとした。速総別王と女鳥王は逃亡して、倉椅山に登っていくのだった。

後日談
　そこ（倉椅山）から二人はさらに逃げて宇陀のソニというところまで行ったとき、軍勢が追いついて殺されてしまった。将軍山部大楯はその女鳥王の手にまかれていたブレスレットを奪って自分の妻に与えた。この後、宮中で宴会があったとき、各氏族の女性はみな参内しなければならなかった。山部大楯の妻も、その女鳥王のブレスレットを身につけて参内した。
　さて、大后石之日売命は、自ら聖酒の柏盃を手に各氏族の女性に与えたのだが、そのブレスレットを目にするや、柏盃は与えずにそのまま退席した。そうして彼女の夫大楯を呼び出して言うには、
　「あの王たちは、マナーに反したので成敗されたのです。そこになんら不純なものはありません。それなのにお前は何？　主君筋にあたる者の手にまかれたブレスレットを、まだぬくもりのある死体から奪い取って持ち帰り、自分の妻に与えるとは！」
というわけで、死刑にした。

★戦うヒロイン★
　女鳥王の物語は、ヒロインの強力な個性で『古事記』の物語の中でも異彩を放っている。夫をそそのかして天皇を殺害しようとするまでのエネルギー。軍に追われての逃避行。速総別王の活躍する場はほとんどない。唯一、上記の歌を残すだけで、それは山を登る女性に手を差し伸べるだけだ（何かと似ているね）。男は押しやられ、女性のパワーが強く押し出されている。
　この物語は二段に分かれている。前半は上記の詠歌事情で記したような、オペラかミュージカルかというほど歌謡の載せられた女鳥王の恋の物語（オペラ風に訳してみました）。後半は歌謡がまったく用いられない、女鳥王の死後のエピソード。
　ここで不思議となるのは大后の扱いである。この人、いったいいつの間に宮廷に返り咲いているんだ？　八田若郎女事件のときには、嫉妬のあまり家出した彼女だが、その後、帰ったという記述はなく、ここでいきなり「Open the head！」と再登場している。ここに仁徳記の物語を皇后の成長物語と読むむきもあるくらいだ。
　

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訓読：やまとべににしふきあげてくもばなれそきをりともよわれわすれめや

口訳：大和の方に西風が吹き上げて雲の離れるように、離れにいても、私はあなたを…忘れるもんかぁ〜

歌の形式：短歌形式（５−７−５−７−７）

詠者：吉備の黒日売

詠歌事情（記の物語）
　吉備の黒日売は天皇、大雀命に愛されていた。だが嫉妬深い皇后によって追放され、吉備に戻っていた。黒日売を忘れられない大雀命は、淡路島を見ようと思うといって出かけ、そのまま吉備に渡った。天皇を迎えた黒日売は山辺にむかえご馳走した。
　天皇は宮に帰ってゆく。見送りながら黒日売は歌を詠うのだった。

★独立歌謡の論理★
　この歌、聞き覚えないだろうか。6月10日（火）の授業で扱った『丹後国風土記』（逸文）の浦嶋物語のラストで、老いさらばえた浦嶋子に、水平線の彼方から声をとばしてきた亀比売の歌とほとんど同じなのである。
　なぜこのようなことが起きているのか。そこに「独立歌謡」という概念成立の根拠がある。つまり、もともとこの歌は瀬戸内海の港にいた遊女の歌だったのだという。１首の主題は末句「吾忘れめや」にあるが、その主題を飾る上の句の中心は「風」と「雲」にある。歌で、「雲」はしばしば「霊魂」の表象として用いられる。また「風」は海辺の民にとって重要な意味をもつものだ。歌の素材が（想定される）詠歌の場と深く結びついている。そのような民謡としてあった歌が、かたや『古事記』に、かたや浦嶋物語に、引用されたのだと考えるのである。
★独立歌謡の意味と問題点★
　『古事記』や『風土記』の時代に瀬戸内海の港に遊女がいたかは定かではない。ただ、『万葉集』には大伴家持の作った歌に越中の遊女を登場させたものがあるので、いなかったとはいえない。ただ、それがどうやって『古事記』に定着していったのだろう。その歌は世間にどう流布していたのだろう。同じ疑問は「出雲神詠（八雲立つの歌）」のところでも述べたけれども、現在、われわれが記紀万葉を通じて知る歌が、記紀万葉成立の段階で、どれほど知名度があり、どう享受されていたのかは、知るてだてはほとんどない。それでも、『万葉集』には採録されず、『古今和歌集』の仮名序に見え、『枕草子』などでも古歌として伝える「難波津に咲くやこの花〜」の歌が、白鳳時代の木簡に記され、しかもそれが四国から出土したということは、知名度の高い歌の存在していたことを証明する。宮廷行事で謡われた歌謡に「倭部曲（やまとへぶり）」というものがあって、曲名は大概初句で呼ばれるから、「やまとへに」を初句とするこの歌謡が歌われたと考えるむきもある。そうやって想定された場の存在を前提に、対象とする歌から帰納的に解釈される条件（ここでいえば海の民と結びつく言葉）で「独立歌謡」は想定されるわけだ。それは歌の素性を考える上で、有効かもしれない。しかし、そこから物語の読解に帰ることは可能だろうか。
　この黒日売の物語に即していえば、黒日売は遊女ではない。交情も売春の場ではない。ここには「采女」という身分の女性が、天皇を迎えて献餞したという物語が描かれているのだ。それは服属儀礼と結びついての物語と解釈できるものである。確かに黒日売は吉備の海部直のむすめだという。海の民が背後にいるのかもしれない。その服属をこの物語で意味しようとしているのかもしれない。海の民の愛唱歌を取り込むことで服属を表象するのだ（大嘗祭で国風（くにぶり）と呼ばれる地方の歌が奏上されることが、地方の服属を意味するという考えがある）。
　でも、このような思考の方向は、どこにむかうのだろう？『古事記』は地方豪族の服属を語るものであると言うのだろうか？問題は『古事記』とはいかなる性格の書か、という大きな問題に根ざすのである。

Ф　　　　　Ф　話　題　転　換　Ф　　　　　Ф

★皇后の嫉妬★
　女性の嫉妬の話を、すでに一度読んだのを覚えているだろうか？　そう、八千矛神謡だ。根の国から帰還して大国主神となった大穴牟遅神が、八千矛神として越だの、大和だのに愛人をこさえ、それに嫉妬した適妻、須勢理毘売が出かけようとした八千矛神をひきとめて、「私を優しく抱いて……（はあと）」と謡って酒を飲ませる話を読んだ。ここの嫉妬を八千矛神謡の出雲神話内で位置付ければ、大国主神となっても、むら気な八千矛神を鎮坐させる動機として考えられよう。
　では、大雀命は、というとむら気であるが、八千矛神とは大きく異なる。なぜなら、八千矛神＝大国主神の場合、直前に王権獲得を物語るイニイシエーション型の神話が置かれ、直後に系譜をはさんで国作りという事跡を述べる神話を続ける。これは『古事記』が中・下巻でみせる「〜坐〜宮治天下（＝王権相続）／此之天皇娶〜（＝系譜）／物語的叙述（＝事跡）」というパターンと等しい配列であり、須勢理毘売の嫉妬は王権相続の箇所に系譜の前提条件を示す機能も持たされて配置されているのに対し、仁徳記の大雀命の場合は、むしろ事跡の中に位置するからだ。しかもそれがむら気な者が王者としてふさわしく鎮まる意味をもつのではない。すでに聖帝の世として称えられていることと、その由来が語られたあとに皇后の嫉妬の話は延々と続くのである。だから、この嫉妬は須勢理毘売と同次元で扱うべきものではない。
　イハノヒメ皇后の嫉妬について、あれこれ提言されている中で取り上げるべきものとして、一連の嫉妬の物語が嫉妬深い皇后を御す聖帝の物語として展開しているとするものがある。それは聖帝にふさわしい賢后の誕生を物語ると言い換えることもできよう（たとえば、神野志隆光『古事記の世界観』１９３−１９７頁参照）。たしかに説明はつくが、実際に本文に即してみると、どうだろうか？

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訓読：�@さくはなは　すぐるときあれど　わがこふる　こころのなかは　やむときもなし
　　　　�Aおほつちは　とりつくせども　よのなかの　つくしえぬものは　こひにしありけり

口訳：�@咲く花は、盛りを過ぎるときがあるけどさ。ぼくの恋する心のなかは、とまることがないんだよ。
　　　　�A大地の土は、採り尽すことはできるけど　世の中の尽きせぬものは　恋であったりするんだよなあ。

訓読：�@あかだまは　をさへひかれど　たまのきみ　なによそひしたふ　とくありけり
　　　 �Aおきつとり　かもどくしまに　わがゐねし　いもはわすれじ　よのとことごとに

口訳：�@赤玉は紐だって光るけど、白玉のようなあなたのファッション、いいわ〜。
　　　 �A鴨のくる嶋に、私がつれてきて寝た。キミはわすれないよね。いつまでも、いつまでも…

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訓読：やまとには　むらやまあれど（ありと）　とりよろふ　あめのかぐやま
　　　　のぼりたち　くにみをすれば　くにはらは　けぶりたちたつ（たつたつ）　うなはらは　かまめたちたつ（たつたつ）
　　　　うましくにそ　あきづしま　やまとのくには

口訳：大和には、たくさん山があるけれど（あるのだから）　そのなかでも　天の香具山に
　　　　登って立って　国見をすると　国土には「煙」がたちおこり　海原には　鴎が群れ飛んでいる
　　　　いいくにだなぁ　蜻蛉嶋は　大和の国は

歌の形式：長歌形式（結びが、まだ定型化していない）

詠者：舒　明　天　皇

★国見と国ほめ★（2003,5/20記）
この歌は、題詞（歌の作られた時と作者について説明するタイトル）によれば、舒明天皇が国見をするので天の香具山に登ったときの歌だそうだ。国見というのは、小高い丘から山や国土を見て、秋の豊な実りを予祝する春の祭りで、民間の「山行き」「花見」「山遊び」と同様の農耕の予祝行事だったものが、儀礼化して国家行事となったものらしい。予祝というのは、ものごとのはじまる前にあらかじめよい結果を想定してお祝いしてしまうことで、ことばの呪力でよい結果をもたらそうとするMAGICである。律令制度が確立すると祈念祭や四方拝などが新年の国家行事となったが、国見はそれ以前の行事であったものだろう。
　さて、この舒明天皇の国見歌であるが、天の香具山に登っての歌だという。歌ではその天の香具山を「大和にはたくさん山がなるけれど、そのなかでも天の香具山に登って」と表現している。「天の」という語を冠し、また『古事記』の天の岩戸神話では天照大御神を招き出すための道具の材料を拠出する重要な山で、「天降りつく　天の香具山」とうたわれもする。いわば聖なる山であるのだ。この歌のはじめ、「大和には群山あれど　とりよろふ天の香具山」というのは聖なる空間を語り出している箇所だ。王者はその聖なる空間に「登りたって国見をする」のである。すると、景観が見える。国には煙が立ち、海にはカモメが群れている。ただ、ここで「海」というのは実景ではありえない。香具山の北西麓に広がっていた埴安の池を海に見立てたという説もあるけれど、それでもその池を「海」と表現するところには、この歌の本質に迫る問題を含んでいる。海にカモメが群れているということは豊漁が約束されているのであり、対句的に存在する「国原の煙」と組み合わせれば、国ー海という宇宙での豊作と豊漁とが表現しきれており、それは「見立て」という次元を超えて、王者の支配する宇宙での豊な実りを宣言するのである。そしてさいごに「いい国だなあ、日本は」と結ぶ。日本に対して褒めたたえることで、日本（という国の魂）に対してコトバで働きかけるわけだ。
　日本を褒め称え、豊な実りを宣言するこの歌は、まさしく国家行事としての王者の歌なのである。

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　５月１３日〜１６日

訓読：やくもたつ　いづもやへがき　つまごみに　やへがきつくる　そのやへがきを

口訳：雲立ちこめる出雲の張りめぐる垣　妻を籠めるので　張りめぐる垣を作る　その張りめぐる垣さっ♪

歌の形式：短歌形式（５−７−５−７−７）

詠者：建速スサノヲ命

歌詠事情（記の物語）：
　　　　怪獣退治
　高天原から追放されて、出雲に降り立った建速スサノヲ命は、川上から流れてきた箸を頼りに人家を訪ねる。すると童女をはさんで泣く老夫婦。大山ツミ神の子、足ナツチ、手ナツチと名乗った夫婦に泣く理由を尋ねると、もともと8人の子がいたが、越の八俣ヲロチが毎年来ては喰ってゆく。ヲロチが来る季節になった。だから泣くのだと答える。童女の名はクシナダヒメ。スサノヲは夫婦に問いかけます。
　「このむすめをオレにくれないか。」
　「そりゃまたおそれおおいことで。で、あなたさまは？」
　「あまてらす大御神の兄弟。今、天よりアマクダリしてきたのだ」
　「おそれいりました。さしあげましょう」
そこでスサノヲは彼女をユツツマ櫛に変身させ、自分の髪の毛に挿すと、
　「さあ、おまえたち、濃く醸造した酒を準備せよ。垣をつくりめぐらし、門を開き、酒を盛って待機せよ」
といってヲロチを待つ。
　すると、ホオズキのような目を輝かせ、八つの頭と八つの尾を持ち、谷八谷峰八峰を渡る身にはツタのからまる杉檜を生やして、血に爛れた腹を見せながら、やって来ました八俣ヲロチ。ヲロチは酒壺に頭をツっこんで、飲み酔いそのまま伏し寝てしまう。スサノヲは腰の大太刀を抜いて、そのヘビを切り刻むと、斐伊の河は血の河になって流れてゆく。さらに中の尾を切ると、刀の刃が欠けてしまって、オヤと思って刀の先で切り裂いて中をみると、あらわれ出でたるツムハの太刀。なんとも不思議なものよ、とこれはあまてらす大御神に差し上げる。ちなみにこれが後にヤマトタケルの愛刀となるクサナギの太刀。
　　　　宮殿建設
　さて、こういうわけで、その速スサノヲ命は、宮殿を造るにふさわしい土地を出雲国（設問：今の何県？）に求めます。そうして須賀の地にたどり着くと、
　「わたしは、この土地にきて、ああ、心がすがすがしい」
などとおっしゃいまして、ここに宮殿を建て、居ついてしまいました。だから今に至るまで、この土地はスガというんですね。
　この大神が宮殿を建てようというとき、そこから雲が立ち上ったといいます。そこで、歌をつくりました。　

歌詠後日談（記の物語）：
　　　　スサノヲ系譜
　こういうわけで、その足ナツチ神を呼び出して告げます。
「おまえは、わたしの宮殿の管理人となりなさい」
さらに彼には名前を与えます。稲田の宮主、スガのヤツミミ神。
　というわけで、そのクシナダヒメで、奥まった処でHして生む神の名は八嶋ジヌミ神。また大山ツミ神のむすめ、神大市ヒメをめとって生む子は大年神。つぎにウカの御魂神。
　兄の八嶋ジヌミ神が大山ツミ神のむすめ、名は木の花チルヒメをめとって生む子、フハノモヂクヌスヌ神。この神が、オカミ神のむすめ、名はヒカハヒメをめとって生む子が深淵ノ水ヤレ花神。この神が、天のツドヘチネ神をめとって生む子、オミヅヌ神。この神が、フノヅノ神のむすめ、フテミミ神をめとって生む子、天の冬キヌ神。この神が、サシ国オホ神のむすめ、サシ国若ヒメをめとって生む子、大国主神。またの名は葦原シコヲ神、またの名は八千矛神、またの名はウツシ国魂神と、あわせて五つの名があります。

●夜久毛多都：伊豆毛にかかる枕詞。「ヤ（夜）」は八でたくさんの数をさすとも「弥（いや）」でたくさんの意味だともいう。枕詞は、一首の文脈をはなれ、下の語を導くものとされるが、本居宣長『古事記伝』はここの「八雲立つ」を実景とみている。字の文に「この大神、初め須賀宮を作らしし時に、其地より雲立騰りき。尓して御歌を作みたまひき」とあるのと対応させたのである。
●伊豆毛夜弊賀岐：伊豆毛は今の島根県東部。夜弊賀岐は八重でたくさん重なる意味。賀岐は垣根のこと。幾重にも重なった垣根に囲まれた家のことをいう。契沖『厚顔抄』は、垣根を雲に例え、雲が湧き出るようにすみやかに幾重もの垣根ができた様をいうのだとする考えと、雲が垣根のように空間を隔てるところから「八重垣」といったのだとする考えを示し、後者は『古事記伝』が支持している。この場合、出雲は地名ではなく、雲が湧き起こる様をいうと解釈することになるので、「八雲立つ」は枕詞ではなく、実景ととらえることになる。
●都麻碁微爾：都麻は配偶者のこと。互いがそれぞれ相手を指示するときに用いる語。碁微は「隠」の意。日本書紀歌謡ではここだけ異同があって「つまごめに」となっている。契沖は「妻隠」の意か、「妻共」の意か、と大きく２案を提出し、さらに前者では「出雲八重垣」の解釈に従ってクシナダヒメを置こうとして「妻隠」と言ったか、雲に妻を隠してしまえという心で「妻隠」と言ったかに分けて可能性あげ、万葉歌の「花ゴメ」の例と（巻17／3998）、「夫婦で相談して作った山」の例と（巻３／■■）によって最終的には「妻共」の意でとり、宣長も支持している。土橋寛『古代歌謡全注釈　古事記編』では例証となる『万葉集』3998番歌の「花ゴメ」の解釈までさかのぼって解釈の不十分性を指摘し、「夫婦で相談して」という解釈を否定している。土橋は書紀のコメも古事記のコミも同じ語で（メもミも乙類）活用のしかた新旧による違いだと理解してコメ・コミを他動詞で籠らせる意味にとるのである。
●夜弊賀岐都久流：ヤヘガキは前出。立派な宮殿を造ること。宣長は雲が垣をなすこととする。
●曾能夜弊賀岐袁：「を」は詠嘆の間投助詞。格助詞ととることもできる。後者の場合、第4句の反復として「ツクル」が以下に省略されている形になる。前者だと、第2句をうけて八重垣を称える形になる。

★八雲立つ出雲の歌物語★（2003．5．15記/17改訂＝推敲の実演として、改訂箇所を残してあります。配布プリントの本文、打ち消し線部分は削除、赤い字を追加して下さい。）
　『古今和歌集』仮名序に和歌のはじまりと記されるこの歌謡について、土橋寛『古代歌謡全注釈　古事記編』（昭和４７年　角川書店）は歌の構成をふまえた上で、その民謡性からふるい族長の若殿の宮殿建設にたずさわった隷属民の謡った歌謡と推定した。
　土橋は一首の構成を、
　　八雲立つ出雲八重垣―主題提示
　　妻隠みに八重垣つくる―主題説明
　　その八重垣を―第4句の繰り返し。（したがってヲは格助詞ととる）
として、繰り返しを除いた５−７／５ー７の形の歌謡の存在を書紀歌謡51番の例を示して五十嵐力の説（『国歌の胎生及びその発達』昭和4年、早稲田大学出版部）を紹介しながら推定している。
　その上で、「八雲立つ」を枕詞として定位し、「出雲八重垣」も「地名＋立派な宮殿」と解釈する。それは同時に宣長の解釈の否定につながるが、批判点は宣長の実景説が地の文「其地より雲立騰りき」と結びつけることによって成立するところに向けられている。すなわち土橋は、本来『古事記』の説話とは別個の環境において成立した歌謡（独立歌謡）が、説話に吸収されてゆく中で、説話内容との齟齬を歌詞に残したまま現在みる形になったと見る（『古代歌謡論』・『古代歌謡の生態と構造』（土橋寛論文集　中）昭和６３年、塙書房）。そこには平安朝の歌物語にまで及ぶ文学史的問題を根底に横たわらせているが、このモデルケースに従う限り、地の文と歌詞との表面的関係性によって歌を理解する宣長の方法は受け入れられることはないのである。そして土橋の結論は、冒頭に示したように、この歌謡の成立を許す本来の環境を推定し、解釈を加えるということになる。土橋の研究が、昭和後半の『古事記』の構成要素の素材を復元して解釈する方法をとっていた〈古事記成立論〉の上にあることはいうまでもない。
　問題は、その歌謡が、なぜ、いかなるルートで『古事記』に吸収され容認されたのかという点について、そこに説明がないことだ。現今の研究状況が、その素性を明かして満足するような次元は超えて、そこに、なぜ、そのような記述があるのかを『古事記』の中で位置づけようとする試みの中にあることを思えば、土橋の結論は不十分なものとなるが、同時に解釈の次元で、語句間の関係性の再検討が要請されるのである。は無視できるものではない。素材論という方法は、地の文＝説話と歌謡とを素材的に断ち切ることで、それぞれ別個の解釈を打ち立てることを許したが、テクスト論の導入によって（神野志隆光『古事記の達成』昭和58年、東京大学出版会）『古事記』というコンテクストを考えるとき、ふたたび歌謡と地の文との関係性がは問題となわれてる。すなわち身崎壽が「モノガタリにとってウタとはなんだったのか」（『日本文学』1985−２月号、昭和61年）と問いかけ、歌謡の表出する世界と地の文の表出する世界の関係性を提起問題にしたとき、再び宣長のような地の文と歌詞との関係性は無視できが問われなくてはならなくなったのである。
　そうしたとき、古事記歌謡第一番はどう解釈されるべきであろうか。
＞1行アケル＜
　当該この歌が「八重垣」を主題にしていることは上記の土橋の構成分析を見ても明らかである。土橋が排斥したのは、八重垣を雲ととることとり、「妻ゴミ」を「夫婦で」とする解釈することで、契沖が案を示し宣長が支持したものである。そのうち「妻ゴミ」を夫婦でと解釈するのは土橋の批判通りであろう。問題は「妻隠＝妻を籠らせるために」としたときの「八重垣作る」その動作主体であり速須佐之男命ととるか、雲ととるかということに絞られるに限られる。雲とすれば後者の場合初句を実景ととる有効性が成立しするかどうかも関わってくるが、その次元で地の文の「其地より雲立騰りき」との関係性が無視できなくなる問題となるのである。
　そこで地の文を確認しておきたい。地の文を原文で示せば、
　　茲大神、初作須賀宮之時、自其地雲立騰。尓、作御歌。………A
となって作歌事情を物語る。見ての通り「茲大神」は「作御歌」（WHO)の動作主体（Who）で、「初作須賀宮之時」が「作御歌」の「時」（WhenHEN)、「自其地雲立騰」は「作御歌」の「動機」（WｈｙHY)と判断される。歌はコンテクスト上「動機」に支配される。したがって歌の冒頭「八雲立つ」を「彼ノ雲の立チ騰るを、打見給へる随に詔へる御詞なり」と解釈して（『古事記伝』）無理はない。しかし、その一方で「ヤクモタツーイヅモ」という枕詞と被枕という関係にある常套表現は存在していたと考えていいだろう。宣長はこの歌より出雲という国名が出た、さらにこの枕詞も生まれたのだというが、それはとるべきものではない。
　むしろ「ヤクモタツーイヅモ」という常套表現は認めた上で、「八雲立つ」という句が「雲立騰」という動機によって選択された語句と判断するところからアプローチするのが筋だろう。地の文「雲立騰」が歌句「八雲立つ」を導き（ここまでは実景）、さらに枕詞「八雲立つ」が「出雲」を導いたと考えるのである。言い換えれば、初句が実景から枕詞への転換という読み現象を読者に要求する性質を持つということである。「出雲」においても同様のことを考えるべきだろう。舞台となる処の地名と自然現象とが「出雲」という語によって結び付けられるのである。そしてそこには「出雲」という文字表記の存在と、その表記にたいする言語遊戯的解釈が無くてはならない。
　語の多義性という問題である。「八重垣」にしても、「八重雲の立チ出るを、垣とは云ヒ成シ給へるなり」という解釈と地の文の「須賀宮」の建築物をいう解釈とが共存していいのではないか。第3句第4句は、「作る」という動作語と「妻隠に」という修飾語によって「八重垣」に須賀宮の建築を想起させるベクトルを内包ことを可能とする。そうして一首が2層の文脈を発揮することによって地の文「初作須賀宮之時」の速須佐之男命の詠としてよりふさわしいものになるであろう。西郷信綱『古事記注釈（第一巻）』（昭和50年、平凡社）が「『八雲立つ、出雲八重垣」の句じたいがそこに立ちのぼる雲を喚起している」とし、4句目を「雲の八重垣は実の八重垣に転ずる」とする見方を支持したいは首肯できる。
＞（一行アケ）＜
　地の文と歌謡との語句間の関係性は、語の多義性という次元で有機的に関連付けられ解釈することができる。だが、その時、この歌は一連の物語の中でどう機能していると考えるべきなのか。つまり速須佐之男命の物語の中でのこのエピソードの位置付けが問題となる。
　速須佐之男命の物語は、伊耶那岐命の禊による誕生から始まり、うけひ神話、天の石屋戸神話、大気都比売神話を経て、出雲に下り、八俣ヲロチ退治の話から当該部分になり、系譜に終わる（大国主神の神話にも登場するが、脇役なのでこれは措く）。その流れの中で、この歌謡とその詠歌事情を語る地の文はどう位置づけられるのだろうか。
　これまで見たように語句間の関係性でまず位置づけると、A文と歌謡は、次の物語ブロックの中に存在する。
　　故、是以、其速須佐之男命、宮可造作之地、求出雲国。
　　尓、到坐須賀[此二字以音。下効此。]地而詔之、
　　　　「吾来此地、我御心須々賀々斯」
　　而、其地作宮坐。
　　故、其地者於今云須賀也。
　　　■A文−歌謡■
　　於是、喚其足名ツチ（金＋夫）神告言、汝者、任我宮之首。且、負名号稲田宮主須賀之八耳神。
　　故、其櫛名田比売以、久美度迩起而、所生神名、謂八嶋士奴美神。〜（以下系譜記述）
この物語ブロックの中で、系譜記述以外の最小伝達事項として
　　「速須佐之男命」「到坐須賀♪地」「其地作宮坐」………B
以外の要素を求めることは困難であろう。「宮可造作之地、求出雲国」は「到坐須賀♪地」（♪は以音注）の「到坐」という動作の前提を説明するのであるし、「詔之、吾来此地、我御心須々賀々斯」は「須賀♪地」の名称の説明である。その説明は「故、其地者於今云須賀也。」によって補完される。後続の足名ツチへの「任我宮之首。且、負名号稲田宮主須賀之八耳神」という行為もBがあって初めて成立する。すなわちBここは速須佐之男命の鎮坐縁起なのだ。
　このB文は、さらに「其地」が「須賀♪地」であるのだから、
　　※「速須佐之男命、到坐須賀♪地而作宮坐」（※は『古事記』の本文から行論上仮設した文であることを示す）
と約すことができ、「到」という行為は「作宮」という行為の登場によって内容伝達の役目をは完了させするから、B文は、
　　※「速須佐之男命坐須賀宮」
とまで圧縮することができるだろう。これはすなわち『古事記』中・下巻の系譜的叙述の冒頭記述に等しい。そして直後に系譜記述が連続することを見れば、この物語ブロックはいわば「建速須佐之男命記」の冒頭記述に該当する箇所なのである。その中にA文と歌謡は挿入されているのだが、以上のように見た場合、B文とその説明を補足する文の関係性の中に、A文と歌謡は直接機能していない。その点、純粋に挿話なのである。しかし、この挿話は当該物語ブロックの語の支配下にあるので無縁でもない。
　A文は、B文の「建速須佐之男命」を「茲大神」とうける。宣長も「こゝに始メて大神と申せり」と注意し、「伊邪那岐ノ命をも、黄泉ノ段の次よりは、大神と申せり、共に故あることなるべし」と考えている。倉野憲司『古事記全注釈（第三巻）』（昭和51年、三省堂）は宣長の指摘を「異なる資料から出たもの」とするが、それならば編纂時なり撰録時なりに「茲大神」を「此之神」なり「速須佐之男命」なりに書き換えられなかった意味が問われなくてはなるまい。宣長が問題としていたのは、黄泉国訪問譚や八俣ヲロチ退治もしくは須賀宮建設の後に「大御神」「大神」と称されることのシークエンスの問題であり、コンテキスト上の効果もしくは機能のことなのだと、われわれは再評価することができる。
　そこで、当該の物語ブロックが中・下巻の天皇記の冒頭記述と同内容を核として成立する文章群であることからすれば、ここで「茲大神」とすることは、ちょうど神武記が大和平定の長い物語叙述の最後に「坐畝火之白梼原宮治天下也」と歴代天皇記に見える定型文を置いて即位（王権の確立）を示すのと同様である。すなわちに、速須佐之男命の王権の確立を示すのがこの物語ブロックなのであり、それをうけて「茲大神」という表現の成立が許されていると考えるのがいいだろう。伊耶那岐命が「大御神」「大神」と呼ばれるのが、三貴子の誕生とコトヨサシの場面に限られ、さらにその物語ブロックが「故、伊耶那岐大神者、坐淡海（路ー伊勢系三本）之多賀也」という、やはり歴代天皇記の冒頭記述の定型文に近い形になっていることも同様である。ただし、伊耶那岐大神の場合、「多賀宮」とないことに注意していいだろう（伝本上の脱落は考えない）。■以下新規に執筆挿入■さらに、その土地を定位する言説も本文中にはない。しいて求めるとすれば、国生みの段の冒頭に淡路島（「淡道之穂之狭別嶋」）が生み出されることで、伊勢系の本文「坐淡路之多賀」に従えば、最初に生み出された地への鎮座という合理会は得られる。ただ、真福寺本、卜部系諸本が「淡海」としているのはやはり伊勢系の本文に素直にしたがうことを躊躇させるが（教科書40頁、脚注参照）、なによりこのように『古事記』の本文上から伊耶那岐大神の鎮座地を積極的に決定し得ない点が、「茲大神」の鎮座地との違いであり、速須佐之男命の場合、鎮座地「出雲」「須賀」「宮」の三要素がすべて上に引用した箇所によって本文によって定位されているのである。しかも「須賀」は速須佐之男命の発言「我御心須々賀々斯」によって命名され現在にいたることが示されているのである。「出雲」の場合は、すでに「故、所避追而、降出雲国肥〔上〕之河上、名鳥髪地」とあるのだが（教科書47頁）、この場合の「出雲国」は語りの次元（作品と読者との関係）での指示概念としての言語で、物語の内容次元（登場人物のいる虚構空間）ではまだ無名の地と解釈してよい。したがってA文中の「雲立騰」→速須佐之男命の歌詠「八雲立つ出雲」という発言は地名起源としての機能を内包しているのであり、それが「八重垣」を装置として建築物に転換するのだから、先の三要素はすべて速須佐之男命の発話行為によって定位させられているのである。
　したがって当該歌は、速須佐之男命の地上における王権の確立を側面から示す機能が持たされているのだといってよいだろう。
すなわち、その差が「茲大神」の「初作須賀宮」から続く歌謡への展開と対応するからだ。
　したがってこの歌謡の置かれた位置は、出雲の須賀宮の宮ホメにあると見ていいだろう。
（「妻隠に」の機能に関しては、別稿にゆずる）

●基礎参考文献●

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