田布施町とハゼの実ロウ
江戸時代中期の日本は、貨幣経済が進み、商業が発展しました。しかし、生産手段のない武家階級では、参勤交代などの費用が大きな負担になっていました。そこで各藩は、さまざまな経済政策を実施しました。
毛利藩は、当時大阪で「米」以外に人気があった特産品のうち「塩」「紙(和紙)」「ロウ(木蝋)」の生産を奨励しました。いわゆる『防長四白政策』です。
「四白」のうち、米は継続して生産され、紙は徳地や須金で、塩は防府で再現されました。しかし、ロウだけが再現されていませんでした。
『四白政策』の時代、田布施町近辺で採れるハゼの実はとても良質だったそうです。田布施町宿井には、樹齢240年といわれるハゼの巨木があり、町の文化財に指定されています。現在も初夏には白い花を咲かせ、秋にはたわわに実をつけます。この木こそ四白政策の『生き証人』なのです。
ハゼの実ロウ復活委員会は、このハゼの木がある田布施町で、残る「一白」のロウを江戸時代の方法で再現しようと、1997年11月に『ハゼの実ロウ復活作戦』をスタートしました。
同年12月に初めてしぼったハゼの実ロウから作ったキャンドルに小さな灯りを灯し、翌年からは山口サビエル記念聖堂のクリスマスミサに献灯。山口きらら博を始め各地のイベントに出展、「たぶせハゼの実ろうそくまつり」の開催、たぶせ和ろうそくの販売…と、活動を継続しております。宿井のハゼの木は、私たちの活動を見守ってくれています。
ハゼの実
ハゼは、ぶどうの房のように実をつけます。夏には写真のような緑色ですが、初冬の落葉のころには茶色になります。この実からロウがしぼりとれるのです。
田布施町・光市・平生町・上関町・大島郡など、山口県東部の山地や海岸沿いには多くのハゼが自生しています。