燃えさかる太陽
その太陽に照らされて、というよりも焦がされている肌
なんともいえない熱で溢れる空間
半端じゃない水分摂取、その水分も蒸発するかのように流れる汗
夏真っ盛り





夏と言えば



暑い。



蝉の声は聞き飽きた。
花火の音ももう何の感動も覚えない。
祭りだ踊りだって騒ぐ気にもなれず。
今はただ
ひたすら暑い。

『皆さんに悲しいお知らせがあります』
本日午前7時。
『食堂の冷房が壊れました』
真夏に!この一番暑い時期に!!梅雨明けで喜んでいる場合じゃなかった。
それなら食堂に行かなければいい。
各部屋には冷房は備え付けられているわけだし、それなら涼しい部屋で過ごせばいいだけの話だ。
だがしかし、現実はそうも行かない。
習慣というのか、足はつい食堂に向かってしまう。
「…笠井、お前さっきから飲み過ぎ」
あっという間に2リットルのペットボトルは空だ。
「だって喉乾くんだから仕方ないじゃないですか」
「限度があんだろ」
前髪から垂れる汗。首から掛けているタオルはだいぶ湿っている。
だからって冷たくて気持ちいいとかそんな気分になれるわけでもなく、ベタベタしてて気持ち悪い。
そんな事言ってる目の前に座っている三上先輩だって汗掻いて、暑いくせにやけに涼しげな顔。
「暑い…何でこんな暑いんですかね…」
「知るかよ」
現在の気温34℃。あり得ない。暑すぎる。
これ外に出た方が涼しいんじゃないの?
後ろの方では藤代が1人で花火大会に行くとか騒いでるけど人の多い所に行ったって余計暑くなるだけだし、なんか祭りの会場とかって明るいから虫が集まってきて好きじゃない。
昔はよく行ってたし、嫌いじゃないハズなんだけど、これも全部暑いせいだ。
暑い、暑い、暑いって言うから暑いんだって言うけどさ、暑いものは暑いんだから仕方がない。
黙っていても周りから発せられる言葉。暑いなら涼しい場所に避難すればいい。
それでも何故か賑わう食堂。
たぶん賑わう原因はアレだ。冷蔵庫。
飲食は必ず食堂で、という決まりはない。ただこれだけ暑いと部屋から食堂の往復もしんどい。飲み物を取りにくるにしても一回戻ってまた来て…というのは面倒だ。それもあって夏場というのは大抵食堂に人が集まる。冷房があった時はもっと賑わっていた。
冷蔵庫の扉を次々と開けたり閉めたり開けたり閉めたり…
きっと今月の電気代は恐ろしいね。まぁ知ったこっちゃないけど。
グラスに氷を詰めて新しいペットボトルを開ける。
「あれー、三上先輩…」
「あん?」
三上先輩の手には冷たいアイスクリーム。
取りだしたカップには練乳という文字。
「それめちゃくちゃ甘いやつですよ」
「仕方ねぇだろ、これしかねぇんだし」
三上先輩みたいに特別甘い物が苦手というわけではないがどうも練乳特有のあの後を引く甘ったるさが嫌いでアイスには手を出さないでいた。確かに少し涼しくはなるのかも知れないが逆に喉が乾く。
そう考える人が多いのか、他にも種類があったのがいつのまにか無くなっていた。
少し眉間に皺を寄せつつも三上先輩はその甘ったるいアイスを口に運ぶ。
「あーやっぱ無理、これお前にやる…」
一口だけ食べると持っていたアイスをこっちに渡し、手に持っていたグラスを奪い取りそれを一気に飲み干す。
「…だから言ったのに…」
あまり気は進まなかったが食べかけを冷凍庫の中に戻すっていうのもどうかと思い仕方なく少しずつ溶け始めたアイスをスプーンで掬う。
「あっちー、アホみてぇに暑ぃ」
グラスの半分くらいまで詰まっていた氷を砕く音。
あっという間にグラスを空にして冷凍庫からグラスいっぱいに氷を詰める。
…どうせ食べれないんだから最初っから氷食べてればよかったのに…
敢えて口には出さずそのまま食べかけのアイスと一緒に飲み込む。
口の中いっぱいに広がる何とも言えない甘い味に一瞬顔をしかめる。
(こりゃ三上先輩食べれないわ…)
いい感じに溶けてきたアイスをスプーンでぐるぐるとかき混ぜる。
さっきまで流れてきた冷気もすっかり熱い空気に流されて一気に怠くなる。
「限界、俺戻るわ…」
そう言って三上先輩は立ち上がるとグラスに氷をいっぱい詰めて食堂を出ていく。
髪を伝い顔面へ、首へと流れる汗、熱を吸収しやすい黒いTシャツは汗で更に色が濃くなりベッタリと肌に張り付いている。
思い出したのは今口に運んだアイス、それを乗せていたスプーン、それは間接キスだったという事。
普段からペットボトルのドリンクを回し飲みしたりで特に意識もしていなかったが相手が三上先輩となると急に意識してしまう。
勿論普通にキスは何回もしている。それでもやっぱり足りないモノは足りない。
急に恋しくなる。
(キャプテンもここにいるし…部屋には誰もいないんだろうな…)
藤代に絡まれているという事は当分戻ってくるという事もないだろう。
手にアイスを持ったままそのまま三上先輩の後を追った。


「先輩、入りますよ?」
さすがに室内は冷房が効いているだけあってドアを開けると冷たい風が吹いてくる。ただ廊下の熱と部屋の冷気で微妙に生ぬるさが何とも言えない。
「あぁ?お前もギブアップか?」
一見部屋の中に居れば涼しいような気もするが窓際でパソコンを開いている三上先輩はカーテンから籠もる熱とパソコンの熱のせいかまだ暑そうで机の上では小型の扇風機が作動している。あれだけ一杯に詰まっていた氷も溶けたのか、ほとんど食べてしまったのかグラスの半分もない。
手に持ったままだったアイスももうほとんど溶けていてカップの周りから垂れる水滴が手を伝う。
「先輩が恋しくなってやって参りました」
「はぁ?」
気怠そうに顔を向けてくる三上先輩にキスをする。
少し勢いがあったのか、三上先輩の座っている椅子が少し後ろに傾く。慌てて三上先輩は机に手を付くがやめようとはしない。元々身長差といってもほんの3pだが自分が腰を屈めて上から、というと立っている体勢よりも優位にいられる気がして熱くなる。
いつもなら溶けそうなくらい熱い口内も冷たい物を口にしていたせいかヒヤっとしていて不思議な感じだ。
でもそれもすぐに溶かされてあっという間に熱くなる。
「…まさかこのまましようなんて言うんじゃねぇだろうな」
下から自分を見上げる先輩の顔はいつもに増して色気があるように見える。
「ダメですか?」
「やだよ…こんな暑ぃのによ…」
冷房が効いているとは完全に涼しい、という訳でもない。
「えー…でも…」
そっと三上先輩の肌に触れる。冷気を浴びているせいか暑いと感じていても少し冷えた肌。そしてさっきまで冷たい物を持っていた冷たい手に触れられて身体がビクっと跳ねる。
「ホラ、冷たくて気持ちいいでしょ?」
「アホか、すぐ熱くなんだろうが」
どんなに睨まれていても赤くなった顔では説得力がない。口ではそう言っても腕は首に回したまま。
「…で、やんの?やんねぇの?」
ぼんやりしているとこに声を掛けられはっとする。
「やります!」
「じゃぁあっち」
そう言って三上先輩がベッドの方を指す。何だかんだいいつつも結構やる気みたいで。
ベッドに向かう時に目に入ったのはさっきまで手に持っていたもう完全に溶けきって液体化しているアイス。
白くて…ドロドロしていて…
それは何かを思い出させる。
…この溶けたアイスを顔面にぶっかけたりしたらやっぱり怒られるよなぁ…
「テメェ、変な事したらもうやんねぇからな」
「イテッ!」
目線で何を考えているかわかってしまったみたいで固い拳が飛んでくる。
「…ダメですか?」
「たりめぇだ。ただでさえ甘いモンは嫌いなんだからよ」
さっさとしろよ、と言わんばかりに三上先輩はベッドに横たわる。
殴られた頭はまだジンジンと痛む。
「…そういう事すると優しくしませんから…」
「…まぁ変に甘いのよりはそっちの方が好きかも知んねぇ」


カーテンの隙間から覗く太陽。
暑い部屋で熱く絡まる。
それでも夢中でさっきまであんなに暑がっていたのを忘れるくらいに
さっきまでベタついていて気持ち悪かった汗も逆に気持ちいいくらいで
冷たく感じた肌も次第に熱くなる。

あのアイスのように、このまま溶けてしまいそうだった。








「犬。」(閉鎖されました)の高村炉暖さんに、3000HITで「できれば何か食べ物に関する話を」とリクエストして頂いた笠三です。
大変ご馳走様でした…! 高村さん、本当に有難うございました!!

09/04/2003