その1
風に吹かれて
草木 文

              

日本を離れ、飛行機に乗った。
 ガルーダインドネシア航空である。
どうしたんだ?
 旅に出たのだ。
 どうして?
 さて?
 思い立ったのは、一カ月半程前のこと。
 ネットで、激安航空チケットを探すが、時期が迫りすぎていたことと、混む時期が重なって、安いものが無い。それでも、何とか21日フイクスで、バリのデンパサールまでの往復チケットを押さえた。3カ月前から探せば、さらに安いものが可能なはずなのだ。まあ仕方がない。さらに、問題は、宿泊はつかない。自分で探す必要がある。
 見知らぬ土地に降りて、すぐに自分でホテルを探す勇気は無い。それに、飛行機がデンパサールに到着するのが、午後6時。
 再び、ネットで激安ホテルを探す。
 クタの中級ホテルの中で、格安一泊3300円があった。直ぐに、到着日と、翌日の二日目と、バリの最終日の一泊を予約。合計三日で9900円。
 これで、当面の問題は解決したと思った。後は、現地に着いてから、現地調達をすれば良いと考えたのだ。だが、不安はあった。
 一人で海外に出るのは初めて。過去何度か海外にはでているが、全て、有能な相棒がいた。そして、その相棒に全ての事務処理と、途中経過の問題解決を任せていた。つまり私はお上りさん状態。まあ、良く見ても、用心棒程度。相棒がなにから何まで、おおよその事を処理してくれた。その様をすごいと感心して見ていた。ところが、そんな英語もできない、日本語もいまいちという私が、突然、一人で、海外に。しかし、バリは、過去2回行っていた。だから、多少様子も分かっていた。
 何とかなるだろう。
 一人で旅に出ると聞いた相棒は、驚いた。何時も、誰かが先導してくれないと、動かない人がと。
 バリに決めたのはいろいろな事情がある。ハワイやグアム、タイなども候補に上がった。日本が冬の時に行くとなれば、当然、暖かい所に行きたい。そして、ぼんやりしに行くとなれば、何処なのか。さらに、滞在費用が安い。安全。緑豊か。田園風景。
 もはや、バリしかない。
 バリには思い入れがある。十数年前、体調が思わしくない時、バリに行った。むっとした暑さの中、体調がよくなった。そして、バリのホテルを飛び出し、バリ島のあちらこちらをシャトルバスを乗り継ぎ見た。気に入った所に泊まり、レストランで、気兼ねなく食べた。
 この気兼ねなくが大きい。どんな素敵なレストランでも、怖がらず入れた。
 なぜか?
 アメリカや、ヨーロッパでは安心してレストランに入れない。入れても、何をたのむのか。一体いくらなのか。戦々恐々である。
 なぜか?
 値段と、食事内容。そう、メニューを見ても何だかわからない……。
 バリでは、味が日本人に合う。そして、値段。普通のレストランでいろいろ食べても、日本円にして500円に届かない。ようするに、日本円とのレートの違い。まさに、殿様旅行ができる。日本円が、現地で何十倍もの価値に化けるのだ。レストラン等、現地の人は入らない。日本人から見れば、たかが500円。しかし、現地の人からすれば、高すぎて、入れないのだ。とはいえ、現地の人には、その人たちが入る安い食堂や、屋台があるのだ。つまり、日本人には、この物価の違いが、最大の魅力なのだ。だから、長期滞在をしても、のんびり過ごせる。いや、それだけではない、バリ人は真面目。そして、田んぼを耕す。その景色は、日本の30年前、いやいや、50年前の景色。
 アジアは、素敵だ。
 なぜかって?
 日本もアジアの国。そして、米作の国。
 さらに、人種的に近い。
 
 さて、突然の一人旅は、果たして何とかなるのだろうか。
 航空機の中、まず始めの試練が訪れた。
 入国カードである。
 英語がびっしり。なにを書いたらよいのか分からない。ガイドブックに、書き方があったと思い、見るが、形式が違う。隣に座った人物は、インドネシア人。日本語など通じない。人に頼りたくない私は、懸命に、英語のつづりを追う。日本で買った、旅用会話ブックの後ろに、簡易辞書が載っていた。辞書に仏。やっとこさっとこ、意味を把握。しかし、書き込むうちに、意味不明の内容が。これをしっかり書かないと、入国できない。出国もできない。
 私の周りの日本人達は、とても教養が高い。そう見えた。誰も音をあげずに、書き終えている。
 まいったな〜。
 なんだか、皆、旅慣れている。
 後ろの日本人の男性は、隣の外人と、英語で話している。
 んんん。
 それまで、誰にも頼らず、孤高の男を演じていた私は、ついに、根を上げた。通路を挟んで隣の日本人のおばさんに、聞いた。
「あの〜すみません。教えてください」
 やれやれ。
 いろいろ聞くうちに、隣近所の日本人達が、私の質問に影響され、あちこちから言葉が飛ぶ。よくよく話していると、皆、分かっているようで分かっていない。間違って記入している人もいたりして、私の発言から、そこらあたりの人々が、一致団結して、皆のミスを見つけ、正しい書き方に統一。
 知ったかぶりはよそう。
 昨日、夜、寝ずに成田に向かって車の運転をしていたため、やがて、涎をたらしながら爆睡。
 ちなみに、席は、通路側。以前であれば、窓側と騒ぐところだが、ガキは卒業したのだ。嘘。やたらトイレに立ちたくなる時がある。とすると、通路側は気軽に行ける。
 つまらん理由だ。だが、まだある。多少通路側にはみ出しても、文句がでない。それもある。
 時折、スチュワデスが、いろいろ持って参上する。以前であれば、近づいてくるたびに、緊張。前の人の反応を観察。何をスチュワデスが聞いているのか、予想。そして、自分の番。前の人が言ったことをオウムのように、繰り返す。
「あ〜、テープリーズ」
 なんておびえながら。だが、今では、そんなこともなく、成長。関心。
 10時間も乗ると、眼下に、緑に包まれたバリの島が見えた。そして、無事着陸。途中、乱気流に突っ込み、ガタガタ揺れ、このまま機体がバラバラになったら、死ぬんだろうな。なんて事、涎垂らしながら、考えたりしたものの、無事についたのであった。

 さて、デンパサールに着いて、いろんな書類を出し、外に出ると、すぐに両替所に。
 なんといっても、現地マネーが無いと、動きがとれない。すべて、ガイドブックで読んだように行動。そして、まず、レートを確かめ、鞄から、電卓を取り出す。レートから、正確な受け取る金額を自分で計算する。いやいや、そういう態度を、相手に見せる。
 何を警戒しているのかって?
 バリにも、いろんな人がいる。いろいろな店がある。一万円をバリの通貨に両替すると、数十枚という札束が来る。数える気が起きない。相手はそれを見透かして、札を抜く。さらには、場所にもよるが、相手の差し出す計算機は、本来より、低い金額を出すように細工されている物もある。どう細工するのか興味がある。それはさておき、だから、私は、自分の計算機で計算し、相手が渡したお金を、懇切丁寧に、数えるのだ。
 空港を出て、正規のタクシー乗り場に向かう。この辺りから、旅行客の周りに、さまざまな人々が集まってくる。シロタクや、何かを売りつけようとする人々である。一々対応仕切れないので、相手にせず、正規のタクシー事務所にトットと歩いて行く。そして、言う。
「クタビーチ、○○ホテル」
 すると、相手も慣れたもの。
「2万5千ルピア」
 日本円にしておよそ、300円くらいか。
 クタは町である。いや、都市と言って良い。ビルが立ち並び、ネオンが輝く。数十年前は、何もない漁村だったとは思えない。
 一体何処を走っているのかさっぱり分からない。タクシーの運転手は、妙に親切。英語でやたらと聞いてくる。だが、意味不明。何とか親睦を深めようと、相手の話を聞く。しかし……。聞き取れたのは、何処から来た?という英語。ただ、それも憶測。ではなぜ分かったのか。いろいろ言った後、「ジャパニーズ?」と聞いたからだ。むろん、ヤーヤーと肯定。その後、いろいろ彼は言っていた。だが、ヒヤリングの能力は皆無。さらに、昨夜は飛行機の中でさして眠れず。その前日は成田に向かって夜中じゅう車で、高速道路を走っていた。だから、脳はマヒ状態。それでも、親睦を深めねばと、耳をそばだて、聞くのだが、ふ〜。
 先が思いやられる。
 やがて、タクシーは、右手にビーチを見ながら走っている事に気づいた。
 あ、クタビーチだ。
 空から闇が落ちてきていた。だが、西の水平線は、ほの明るく輝いている。
 ついに来たのだ、赤道直下の島、バリ島に。
 なにやら熱いものが胸の中で溢れた。
 ホテルに着き、重い荷物を担ぎながら、チエックインすると、ホテルマンに案内されて、部屋に向かった。意外と立派なホテルではないか。一泊3300円とは思えない。私の部屋は、三階。中庭のプールが見える場所。
 何だか、十数年前に泊まったクタビーチのホテルに似ている。もしかして、同じホテルなのか?。だが、確かなことは分からない。
 クタビーチは有名。波も大きく、世界中から、波乗り人達が集まる。サーフィンのメッカ。しかし、私は興味が無い。海は疲れる。水に漬かるのも意欲が湧かない。よって、クタビーチまで、歩いて5分なのに、行く気もない。まあ、着いたのが夜だったし、疲れはピークに達していた。そして、無事着いた事で、安堵の底に浸っていた。だが、すぐには寝れない。夕飯を食べていなかったのだ。
 さて、どうやって飯にありつこうか。
 ホテルの宿泊条件は、バイキング形式の朝食付きというものなのだ。だから、晩飯や昼飯は、自分で確保するか、ホテルの食堂で食べるしかない。しかし、ホテルの食堂は高い。きっと。さて、どうする。
 ホテルの部屋の冷蔵庫には、ピューウオーターや、コーラ等が入っていたが、きっとこれも高い。飲み物も含めて、確保しなければ。
 私は、荷物を整理すると、お金を持って外に出た。
 時、午後8時頃。
 夜のクタビーチは、強盗が出るという話しを聞いていた。
 恐い。
 なるべく持ち金を減らし、パスポート等は、ホテルの部屋のリュックサックに仕舞い、日本で買っていった鎖状の鍵をリックサックとベッドに巻き付け出てきたのだ。
 えらい厳重だ?
 しかし宿泊施設でさえ、荷物が紛失すると聞く。安全なのは、セーフティーボックスだけだとかも聞いていた。セーフティーボックスに毎回預けるのは、金もかかるし面倒くさい。よって、鎖状の鍵を買ったのだ。
 これだけやって、無くなったら、それまでの国だ。
 身軽な格好をして、クタビーチに出た。ホテルから道路にでるのに、どうしても、クタビーチにでざるを得ない状況なのだ。だから、少々緊張気味。
 前方を白人のカップルが歩いていたので、彼らの後ろについて、商店街に向かった。すると、なんと、サークルKがあるではないか。よくよく歩くと、コンビニがそちこちにある。中に入ると、日本の小型コンビニ。そして、システムもきわめて合理的で、日本のシステムと同じ。だから、安心して買い物ができる。
 バリの一般の店には、値札がない。全て、その場で交渉しながら買う事になる。現地の人は相場が分かっているから、店の人も吹っ掛けたりはしないが、相場の知らない外国人や旅行客には、バリ人はやたらに吹っ掛ける。2倍3倍は朝飯前。だが、このような値札がついていて、コードバーでレジの液晶にトータルの値段が出るシステムは、イチイチ警戒して買い物をする必要がなく、安心なのだ。というわけで、多少高めかもしれないが、このサークルKで食料品や水を買い込むと、私はホテルに戻り、バリ初めての寂しい夕食にガッついたのだった。
 
          つづく



      

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