

森
夏。
青い空。
連なる山。
その麓にうっそうと生い茂る森。
幾多の時を経て静かに流れる川。
そして、風。
私は木々の合間を通り過ぎる風に吹かれ、佇んでいた。
額に流れる汗を拭おうともせず。
手には、まだ熱いチェンソー。
頭部に、ゴーグルとヘルメット。
おもむろにエンジンを切ると、振り仰ぎ、木々の合間から見える空に目を向けた。
一時あたりが静まり、やがて堰を切ったように蝉が鳴いた。
空に白い雲が浮かぶ。
木々の葉が風に揺れ。
松や灌木の茂る森が蘇った。
足元にはびっしりと生えた苔。
時折アリや松の倒木に穴をあけるオオゾウムシがカサコソと木陰を走る。
ふと気付くと、プーンと羽音。
反射的に身を伏せると、頭上を足長蜂。行く手を見据え、遠ざかるのを確認するとヘルメットを脱ぎ、首に巻かれた手ぬぐいで額を拭った。そんな私の前に、大木が灌木の群れを二つに裂く様に倒れていた。
脳裏をよぎってゆくのは、その大木がもっどりうって倒れてゆく様。
呼吸を整え、肩を揺らしていたその時の私は、これから始まる長い道のりに、さしたる思いも巡らせてはいなかった。ただ目の前に林立する木をいかに倒すべきかだけを考えていた。
さて、この話、いったいどのように進むのか。それは、当事者とて、暗中模索、行き当たりばったり、行き先しれずの未知なる世界への旅立ちなのだ。そう、風に吹かれて。
本当の話か?
どうだろう。創作かもしれない。本当かもしれない。

さて、出だしは、彼が土地を手に入れたところから始まる。その土地が、森の中だったというわけだ。では、なぜ森の中の土地を手に入れたのかというと、そこに、彼の強い意思が働いたわけではない。安いこと。多少広いこと。周りに民家が少ないこと。騒音を出しても文句の出ないこと。電気水道が引けること。家の建つこと。その他いろいろい。
全ての条件がそろったわけではないが、まあまあ満たした場所が、……森の中。
当然森や林という以上、木が生えている。家を建てるためには、まず木を切る必要があった。木を切る道具といえば、斧とのこぎり。しかし、今時はチェーンソー。当時チェーンソーなるものを触ったことのない彼は、ホームセンターに出かけた。そして、きわめて安いものを、あちらこちらの店を回り手に入れた。
性能などは皆同じだろうぐらいに考えて。安さが勝負。安易な考えだ。
そんなに金回りがよい身ではない。家を建てるための土地に、全財産を投入していた。
なぜか。
どこからそのような無謀な自信を身につけたのか、彼は、土地を買う以前に、家は自分で建てられると錯覚していた。だから、家を建てるために必要な費用のほとんどを、土地購入費にプラスしてつぎ込んだのだ。
背水の陣。もはや後戻りは許されない。ジタバタ。
土地購入に関してはここでは多くを語らない。ただ、きわめて多大な時間と労力、そして犠牲を払った。土地ブローカーのようにあらゆる土地をかぎ回り、歩き、見、土地という法的意味を知った。そして、幾多の安い物件に振り回されたあげく、落胆と、一時の危ない欲望、夢に翻弄された。やがていっぱしの土地ブローカー程の知識を身につけ、土地を探して徘徊したのだ。そんな怪しげな世界に首を突っ込んでいると、目つきまで悪くなる。
当時、彼に会った知人は言った。
「お前、最近目つき悪い」と。
その時の彼の頭の中はこんなだ。
……ブローカーの安丸のおっさんが電話してきた……
……『近くの家のばあ〜さんが田んぼを持ってる。もう歳だから農作業はできないし。旦那さんはとうの昔に死んだ。息子はいるが、都会にいる。一人でひっそり生活してる。年金生活だが、息子の孫に何か買ってやりたい、現金がほしいと。もう先も長くないから、多少安くてもいいから、買ってくろって言ってる。うまく話をつければ、安く手に入る。どうだい』……
……ははは。役所で調べた。農振から外れてる。ほほほ。宅地転用可能だ。……とすると、〇〇に区画して、一区画うん坪で一坪うん万で売ると、〇千万の儲けだふふふ。……
……安く叩くか……
……しかし、俺の欲しいのは、自分の家を建てる土地。そんな事に回す金は……、でも、それで儲けて土地買って家たてて、もっと儲けて……。
てな感じだ。危ない危ない。
どこか、賭博に似ている。合法的な賭博。そして、その掛け金がでかい。しかし、見返りも宝くじ並み。バブルもとうの昔に崩壊したにも関わらず、欲にかられてひっくり返った不動産業者や土地ブローカーを何人も見た。ただ、彼の場合、それで営利を稼ぎ暮らしてゆく身ではなかった。ただただ、少々広めの土地がほしかった。だから、自分の土地を手に入れた時、あっさりやめた。戻ってみたいとも思うのだが、本来すべき事を忘れてしまう。そんな欲望まっしぐらで、自分の時間を失いたくないと彼は考えた。
偉い。
感動した。
・・・ただ、この天かける欲望の世界に片足を突っ込んでいたとき、彼は一つの言葉を囁くようになった。良くも悪くも。
人間万事塞翁が馬
・・・・。
土地購入に関わる浮き沈みに、やりきれなくなった彼がすがった言葉。
この諺は、元都知事、青島幸男氏の本の題名となって良く知れ渡った。元々は、中国のことわざ。
昔中国に塞というじいさんがいた。そのじいさん、馬を飼っていた。その馬がある時逃亡。村人が言った「可哀想に、おじいさん」と。しかし、じいさん曰く「これは、悪いことではないかもしれない」と。すると、逃げた馬が、すばらしい牝馬を連れて戻ってきたというのだ。村人は驚いた。そして、「おじいさん、よかったね」と。するとじいさん、「これが本当に良い事かどうかわからない」と返答したという。さてそれから、牝馬を調教するためじいさんの息子が馬に乗ったところ、振り落とされて足を折り不自由になってしまったという。村人はこれを知ると驚き、おじいさんを慰めだという。ところがじいさん、こう言ったというのだ。「それが悪いことかどうかわからない」と。それからしばらくすると、じいさんの住む国と、隣国が戦を始め、健康な男たちは皆徴兵され、戦死してしまった。しかし、じいさんの息子は足が悪かったため、徴兵されずに生き残ったのだという。
「人間万事塞翁が馬」
人間に起こる全てのことは、塞おじいさんの馬のようなもの。
原因があって結果がある、その結果が次の原因となってゆく。良くも悪くも。
彼の場合、土地を探して、条件のよい土地と出会い、頭に血も上って、夢心地。その場から見える景色に酔い、想像の中で家を造り、庭を造り・・・・。ところが、様々な原因が元で購入できないことが次々と発生。そのたびに膨大に膨れ上がった夢が崩れ落ちる。怒りと落胆が潜水艦のようアップダウン。やがてそんな浮き沈みの中、次のように考えるようになった。
この土地が買えなかったことにより、違った土地と出会うチャンスが生まれた。
買えなかったことが一概に悪いことではない。
そして、やがて、たどり着いた土地で、キャッキャとはしゃぐ彼に降り注いだのは、悪戦苦闘の日々。
まさに、人間万事塞翁が馬。
さてさて、そんなこんなで、土地購入の詳細は省きつつ、ついに、森の中に土地を手に入れたのだった。

