風に吹かれて
アート・バトルと題すると、頭に浮かぶのは、世界を股にかけたアートの最前線で戦う芸術家達。だが、ここでイメージするのは、そんな成功を納めたアーティストの話ではない。無名も無名、誰も知らない、駆け出しの夢だけで生きている若者達、だった話。そう、若者だった面々の話なのだ。
 疲れを知らない若き芸術家の卵が、満杯の夢を胸に、自己の芸術論を振りかざし、現代過去に名をはせた者達の名を踏み台にして、ファミリーレストランで、ミルク飲みつつ浮き足立つ………。
 無名の自称芸術家は、家に帰れば、狭いアパートの一室で、世に言う根暗、オタク、自閉症とか陰口叩かれながら、黙々と何やらよくわからないものを造ったり、描いたり、嘗めたり、囓ったり、こすったり、叩いたり。それも、鬼気として昼夜問わず、ギーコギーコと、妙な音を立て。時折町に現れる格好は、こ汚い身なりで視線は宙を舞う。以前なら、過激派のアジトか、どこか怪しげな宗教団体の作業所じゃないのかと疑われながら。
 さて、私の浅い芸の世界観で、この世に吐き出される、芸術家の卵達を眺め見ると、どんな感じか。
 日本全国津々浦々の芸や、美術等がつく、大学・学部・科・専門学校等から、年間数万の単位で送り出される卵達。さらに、趣味が高じた日曜芸術家たちが奮起する数、年間数万。以上あわせて十万とでもしてみようか。すると、十年で百万。むむむむむ。画材屋が儲かるわけだ。
 そんな百万総画家の氾濫する中に、その男も混じっていた。
 彼は日本全国津々浦々の芸や美術がつく、大学、学部、科、専門学校等から排出された人間ではない。他の事をやり散らかしつつも、少々絵が好きだ程度の男。そう、趣味が高じた日曜画家の奮起組とでも言おうか。まあ奮起という言葉に値した者かは定かではないのだが。彼は、幼い頃から、自分の好きな事しかしない。それが、彼の人生にどれだけ闇を作ったか。幾つかの道を突っ走り、あげくの果てにドブ板を踏み抜き、闇の世界に身を持ち崩しながら、やがて社会人となった。なんとか。
  幼い頃から、絵を描く事や物づくりは好きだった。しかし、その道の才を見せていたかというと、それほどのものではない。今時の子供等が漫画やイラストを描くのと同じ。彼は、好きなもの、ほしいものを絵で描くことによって、満足した。

それは、欲しいものが簡単に手に入らない程貧しかったというわけではない。ふと頭の中で考えた興味の対象をノートの端に描いていたのだ。やがて少年から青年へと進むうちに印象派の画家達などの模写やアメリカのSF物の挿絵画家フランク・フラゼッタや後々のギガー、等々に影響され、暇に任せてオタクよろしく妙な世界を描いていた。
それは、ドラクロワの泉、ルノワールの少女等々を混ぜ混んで、筆片手に写し取る。鼻の穴膨らめて。やがて友人等が出していた同人誌の表紙を描いた。とある劇団の立て看板も描いた。その縁で、プロの劇団に出演して、セリフを忘れて真っ白になった事もあったという。
 そんな芸を目指してまっしぐらというわけではない男が、急激に絵画というものに傾倒していったのは、妙な男達との出会いからだ。
                    つづく




                       


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