
さて、働かずに、生きる?
そう、組織に入って、キュウ〜キュウ〜と生きてる。
なに? そんなにキュウキュウといきているわけではない。だが、嫌だ。こんな仕事。そうなのだ。なんなのだ。どうなんだ。
どんなに肉体的に楽だろうと、精神的に楽だろうと、自分自身を拘束して働く事に、限界を感じている面々がいる。いや、限界を自ら感じている者と、本人はさほどではないが、会社側が、あいつは要らないとコクコクと思われてる奴がいたりする。
喜劇だ。
辞めたいとか思いつつも、いろいろな理由や言い訳があって、辞められない。
問題はその辞められない理由だ。その理由とはなんだ。なんなんだ。そこんとこが大問題。そこがかゆい。
うるさい。
さて、もっと個別的内容というのか、具体的というのか、その方向に話を持っていかないと、抽象論というのか、あたりさわりの話になって、面白くない。それに、人それぞれ立場や、持ち金や、扶養家族など、さまざま状況が違うので、そう簡単に、話を進めるわけにもいかない。
で、今日は一体何を考えるのかだ。
要は仕事を辞めたいと思うのだ。
何、逃げてる。現実逃避だ?。
その通り。
世の中、リストラされて、自殺してる人々もおるというのに。イランの自衛隊が行く、何とか言う地域では、失業率70パーセントだというのに、仕事がある奴が、辞めたいとは何事か。と、人ごとなら、言う。俺も。
だが、しかし、このまま、自分の時間を磨り潰し続けるのか。それでいいのか。
いいわけがない。良くない。もっと好きなことしたい。いろいろ。と心が騒ぐ。
問題は仕事を辞めたら、好きな事ができなくなり、様々な問題が発生し、結局、薬局、働きたいになるのだろう。
だから、単純に辞めるという事ではない。極めて難しいのか簡単なのかそれすら分からない難問だからこそ、このコーナーになるのだ。
今まで、かれこれ80年ぐらい働いてきただろうか。
働きすぎだ。全くだ。
それに、多少勉学をした事もある。
何でだと思う?
何やら、熱く、なりたいものが見えた。いや、無理やり見た。無理やりだ。そう、考えてみれば、無理やりだ。それは、時間的なものや、社会の要請というか、年代というか、期限というのか、そういうもので、強制的に、自分の進む道を見いだした。その向こう側になにを見据えているかといえば、仕事だ。
なんだかんだ言っても、先々、金を稼ぐ事を視野に入れ、少しでも自分の興味関心が向く方向で、金を稼げる仕事につこうと、勉強なり、努力なり、活動なりをしていた。つまり、結局、仕事を手に入れるために走って来た。そして、仕事についた。
その仕事は、遠き昔に夢描いたものとは、多少、ほんの少し、いやいや、ぜんぜんといっていいか、違う方向であるが、まあ、なんにしろ、仕事を手に入れた。そう、生まれてこのかた、親や先生や、マスコミや、社会や、あらゆる伝達によって、人は男は、仕事をもって、生きて行くのだという、幻覚というか、錯覚というか、だましというか、共同幻想というのか、それに乗せられて、まじめに、いやいや、私は、真面目ではないが、ほとんどすべての人間が、その共同幻想に追われて、仕事をするべく走った。今も走っている。その仕事の先には、金や、名誉や、女や、嫁さんや、子供や、年老いた親や、様々なものがぶら下がり、それらすべてを支えるためには、仕事が必要だという結論に、疑問も持たず、生まれててこのかた、仕事を手に入れるために走り、そして、仕事について、生きて来た。150年。
もういい。ケッコウだ。お役目ごめんだ。卒業だ。クビだ。
まあ、疑問が無かったわけではない。仕事についた途端に、辞めたい辞めたいの大合唱。それでも、辞めなかったのは、植えつけられた様々な共同幻想だ。
だから、辞められない。止まらない。だが、それではいかんと気を振る。何に振る。仕事以外の、自分を奮い立たせる何かだ。
なんだ、それは?
人によって様々だ。人によっては、仕事自体に生きがいを見つけ、価値を見いだし、全力を投入して仕事をする奴がいる。関心だ、熱心だ、敬服する。しかし、身近にいたら、うさん臭い、ヒラメに見える。
さて、仕事に価値を見いだせない奴は、アフターファイブに、様々な事をする。酒飲む奴、パチンコする奴、競馬、競輪、女……。副業に走る奴。アルバイト。不動産買って、大家の副業。ボランティア。泥棒。絵を描く奴、薪割りする奴、山で木を切る奴。いろいろいる。
そして、刻々と迫る、生物的限界が見えてくる。いや、社会的限界も当然見えてくる。このまま、仕事だけで終わっていいのかという疑問が、ガバガバ膨らむ。膨らむと同時に、子供の進学と重なったりして、もう、絶望的に働くしか無い状況に追いやられる。悲劇だ。ああ喜劇だ。
そして楽しみは、食う事しかなくなり、ブクブクと太り、やがて、血液検査で、コレステロールだ、やれ糖尿だ、脂肪肝だと、慢性病だらの体を発見する。
アーメンなのだ。
女房は、亭主元気で留守がいいと、おばさん達で徒党を組んで、エステだ、旅行だ、はては、何か作りたいと、○○スクールだのなんだの。
一体なんなんだと、オヤジははげる。
そして、途端にリストラか、定年かで、放り出される。
ふと気付くと、カフカの『変身』状況に置かれる。
何にも無い。仕事人間のオヤジには、何にも無い。家族や、周りの人々は、大きなイモムシが茶の間にゴロゴロしていると、遠巻きで、気持ち悪いものでも見るかのように見る。
それでもオヤジは、自分の存在の意味を見いだそうともがく。そして、語る。昔は良かったと。聞いてくれる人がいれば、トウトウと、会社人間時代にお手柄をたてた話をし続ける。しかし、それで自分の存在意義を見いだせない事は確かだ。そう、手遅れなのだ。そして、退職から2年ぐらいして、加速度的に惚け、やがて、一二年で死に至る。
かわいそうではござらんか。
見よ、あの平原を、累々とサリーマンの屍が続く。幾万年、幾億年も、男たちの死骸が、えいえいと続く。
地の果てまでも。
そんな罠にはまってはいけない。抜くのだ、その腰の刀を。勇気を出せ。ほれ、やれ、抜け。
………
腰抜けめ……。
……。
進めよう。
少々、饒舌に、少しずつ、放物線を描いて、話がずれていった。もっと、現実に引き戻そう。そうだ、ここらで、あの話を持ち出そう。
実を言うと、私は本を読んだ。本屋で見つけたとき、わくわくした。本当に。
騙された。
いやいや、今のは、削除だ。
さて、どんな本なのか。その本のタイトルがふるっていた。
こうだ。
「仕事しないって、ウフウフしない」だ。
(注,クレームが来るといけないので、本当の題を変えてあるが、意味的にはこんな感じだ)
騙された。
いやいや、今のは、カットだ。
このタイトル。すごい。やるもんだ。このタイトルだけで、何人の人々が騙されて買ったことか。
私も真似しよう。よいアイデアだ。
私は買ってしまった。あまり本など買わない私が、迂闊(うかつ)だった。
人間の、股間をこする。
いや、間違った。人間の根幹を揺する、タイトルだ。
特に、仕事に疲れている面々にとっては、チチの大きい女性のように、引きつけられた。アカン。
そして、大枚叩いて買った。震えながら、書店の女性従業員に、手渡した。昔、エロ本を初めて、本屋で買った時のように、顔を赤らめて。
そして、ワクワクしながら、本を開いた。
そして読んだ。
つまらんかった。
ああ、つまらんかった。
だが、それで終わっては、元も子もない。なんとか、奮い立たさねば。だから、文書の語間の見えない文字を追った。そして、つまらない隅々に、狭間に、間隙に、反面教師のように、考えるべき物を、予測して、読んだ。
空即是色。
そして、そして、そして、その本を放り出しながら、全くの無駄でも無かったと言い聞かせた。なぜなのか。
その本のレベルはともかく、それなりに自分を振り返る事ができたからだ。
つづく。
