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2022/10/22
駅のそばを食べた後、ちらった港を廻った。
 


2022/6/12
ぱっばあ、かいじょくしぇん。かいじょくしぇんはこわいんだよぉ。
 


2021/11/28
北防波堤の灯台前に郵便ポストができた。おもしろいけど、はたしてどれだけの利用があるものなのか。


2021/11/20
自転車で宮田の新運動公園付近までだと大冒険といっていい。案の定、帰りは嫌になるほど疲れ果てたが、それでも黄色いじゅうたんを満喫できたから良し。


2021/9/23
朝の港はいい気分。


2021/9/20
ほたる湖一周2km。弱った足にはちょうどいい。


2021/8/20
このところ県内でも毎日のように70〜80人のコロナ感染者があり、街に出ることが怖くなってしまったが、公園ならさほど人がいるわけでもなく、久しぶりの散歩を楽しめた。


2021/5/25
昼下がりの人がほとんどいないベイエリアを散歩。調子に乗って、少し前傾ポジションに変える


2021/3/27
のんびりと走っていると突然道も建物も電車もグラグラと揺れ始めた。慌てて自転車を止め、しばらく電信柱や電線を見ていたがまったく異常はない。どうやら揺れていたのは自分の脳ミソの方だったようだ。こんな調子でプツリプツリと回路が切れていくんだろうな、きっと。


2021/2/13
海沿いの町は雪が少なくていい


2020/8/15
きれいな風景を見る
それだけでよし


2020/7/16
BTRにFサスを付けて、マウンテンバイクのような使い方をする。それでも時々フロントホップをしてみたくなるのだが、体がガッチガチでまったく昔のようにはいかない。


2020/6/14
静かだなぁ


2020/3/7
雪がないので、税務署まで自転車で行った。すると申告ポストのわきに「確定申告の期限が4/16に延長されました」という知らせがあり驚く。


2019/10/6
油川−蓬田の海沿いの道はポタリングに最適だけど、往復の場合は帰りが辛い。今日は調子に乗り過ぎて、15Km×2=30Km。



2019/9/22
サドルバッグを付けて、ちょっとした工具を入れた。これで20インチのクラブマンモデルの出来上がり。自転車と一緒にいる時間はやはり格別だ。



2019/3/3
正直に言うと、今どきの安物チェーンホイールは表面処理が雑だし、そもそも抵抗が多過ぎて最悪だった。シュバーブの52-41Tに戻してほっとしている。


2019/2/17
アウターを今どきの48Tにしてみた。雑な塗装をせっせと剥がし、ついでに70年代後半のようにドリルで穴も開けた。雪のない館鼻漁港で試してみたところ、1速12Tでも少し足が余る。どうやら52Tに戻した方が良さそうだ。


2018/11/18
最近足の衰えが止まらない。52-41と12-21ではつらい。48-39と13-23に変更したいけれど、当時ものではなかなか見つからない。


2018/9/29
ステムの突き出しを80mmから100mmに変更した。自転車が一回り大きくなったように感じるし、乗り心地はまさにロードレーサー。


2018/6/2
岸壁に行くと護衛艦がいて、戦車やミサイル、ヘリコプターなども展示されていた。こんな風景が現実とならないことを祈る。


2018/5/26
秋田市の千秋公園あたりをぶらぶらと散歩する。
街は「これあき」でざわついていた。


2018/2/24
DIA-COMPEのDC980を復刻してくれた吉貝さんはさすがにわかっていらっしゃる。横引きのため、まるでMAFACのように幅が広く、見事な存在感だ。それになにより、カチッとしたタッチが素晴らしく、サイドプルブレーキにも負けないくらいの感触が気持ちいい。


2018/1/16
スギノのマイティコンペというチェーンホイールの話をしたところで、今はもう誰も知らない。ロードレーサーに乗らなくなってからうすら35年、大切に保管していた宝物のひとつ。
52T×41T(PCD144mm)でクランク長は165mm。リアディレイラーのシュバーブプロとの相性は文句がなく、11T-21Tの8速仕様を楽にこなす。やっぱり自分にはこれしかないらしい。


2017/10/5
涼しい。
だけどすごく気持ちがいい。
町の散歩には自転車が一番!



2017/9/9
アスパム付近はRAB祭りとやらで大騒ぎ。これじゃミサイルが飛んできたって聞こえはしない。なので、柳川に退避して空を見上げる。


2017/8/19
何年かぶりの遊歩道緑地。観光通りの勝田一丁目交差点が1号遊歩道緑地の入り口。旧鉄道路線を公園化したものだから、緑の散歩道が延々と続く。残念ながら花園から800m程は一旦途切れるが、造道バス停付近からの2号遊歩道緑地は野内まで続く。1・2号合わせると全長7kmほど。走り切って目の前に野内川が現れたときにはちょっとした感動がある。街の喧騒とはほぼ無縁な長い長い公園。仕上げは野内漁港そばの公園で大休憩。
さて、海沿いを通って帰るか。


2017/8/9
試しにデュラエース仕様。
エアロで失敗したシマノDURA-ACEは、1984年の7400で復活したという。今回手に入れた7402は8速インデックスで重量は209g。ワイヤーを止めるネジを裏側から締めるというアイデアが無駄に整備性を悪くしているし、プーリー内のゴムも抵抗を増やすだけの過剰装備。
ようやく調整を終えて決定したスプロケは12-21(8s)。シマノ105が11-23(8s)を楽勝に動かしていたことを考えると、やはりこれもレース用。でも、何はともあれ、しばらく使ってみるか。


2017/8/5
今日は自転車で仕事に出掛けた。
約束の時間になるまで海辺を散歩する。


2017/7/30
試しにクレーン仕様。
デュラエースの最初期1972年のRディレイラーはクレーンといった。なぜか最後に使っていた変速機なので、ずうっと手元に置いておいたもの。ダブルテンションは後輪が外しやすくて便利だ。ただ、やはり変速がソフトな分、若干タイムラグを感じてしまう。


2017/7/3
試しにカンパ仕様。
やはりスーパーレコードは世界最高峰のレース用パーツ。



2017/7/2
暑い日は北防波堤がいい。
ひとっこ一人いない。
イルカを探す。



2017/6/24
 休日の朝は不思議に早く目が覚める。自転車の出来は申し分ないし、天気も上々。こんな贅沢な時間はないように思う。


2017/6/11
 F・R変速機とFギヤをシュバーブプロに替えて、サンツアー仕様のラレーができた。午後になってようやく晴れたので、合浦公園までの海沿いをのんびりと散歩。ポタリング(自転車での散歩)はクルマやオートバイと違ってどこにでも停まれるのがいい。
 走ってみると、さすがにトータルキャパオーバーでは少々無理があった。F39-R11をクリアするために調整したチェーン長がやはり短かったようで、F52では若干抵抗を感じる。さて、帰ったらチェーンを一コマ足して、リアを13-21の7速仕様に変更してあげよう。


2017/6/9
 ようやくSUPERBEのR変速機を手に入れることができた。懐かしくて涙が出そうなスラントパンタ。シングルテンションなのでホイールの脱着には少しコツがいるが、1980年代初頭の最高傑作のひとつだ。ようやく6速が出始めた頃の5速ボス時代の変速機。サンツアーの製品に触れると当時の日本企業のやる気と底力を感じる。ほとんど芸術品と言ってもいいと思う。
 トータルキャパシティが20Tしかない非常にコンパクトな変速機なので、フロント39-52とリア11-21(13+10=23T)では無理かなと思ったが、調整を重ねてなんとか8速に対応できた。やはり自分の自転車にはサンツアーが似合う。
(10.9Kg)


2017/6/2
 一度はサンツアーのハブで組んで5速化した後輪だが、古いクイックレバーの重量がアダとなって自転車が少し重くなった。不思議なんだが、自転車を持ち上げると100g単位で重さの違いを感じてしまうという特異体質なのだ。
 自分にとって軽さと美しさが自転車の正義。そこで、灰色にアルマイト加工された不細工な純正ハブを紙やすりで削りに削ってバフ掛けして再度組み替えた。なかなか上出来、と自画自賛。


2017/5/30
 サンツアーのボスタイプでスモールフランジ、32Hの新品ハブが前後セットで手に入った。さっそくラレーの前輪をバラして、新しいハブで6本組する。久しぶりのスポーク張りだったが、横揺れ0.1mm、縦揺れ0.2mm、センター0.2mm以内に収めて、ささっと完成。さすがにシールドベアリングの回転は品があってよろしい。そしてなにより細身の姿が美しい。
 それにしても#14のスポークは太いなぁ。28Hにするときには#15に変更して、ニップルはアルミにしよう。


2017/5/27
 車庫の屋根裏にぶら下げていた後輪を下ろした。チューブラーなんてもう二度と乗る機会はないだろうと思いつつも、なんとなく捨てきれずに30年。ホコリを払い、分解して綺麗に掃除をしてあげると昔のままの輝きを取り戻してくれた。フリーは5段のボス(ねじ込み)。懐かしいなぁ、888なんてマークを見ると泣けてくる。スポークなんか#15のダブルバテッドだぜ。細い、細い。
 どうしても今時のハブには違和感がある。まるでリヤカーの軸かと思うほど太くて不格好過ぎる。だからラレーには当時の細くて美しいハブを付けてあげたい。フリーのカセット化や多段化によって後輪ハブの軸長は120mmから126mm、130mmと長くなり、ラレーのエンド幅も当然のごとく130mm。さて、どうやって120mmのハブを取り付けようか。考えるだけでもワクワクする。


2017/5/16
 自転車の部品が急激に進化した1970年代、ちょうどその時期に自転車乗りだった。なので毎年のように発表される新しいものに心をときめかした。ところがわくわくはするものの、カンパのR変速機のスーパーレコードなんて当時の値段で3万円。雲の上のさらに上、まさに大気圏外の存在だった。
 この時代のヨーロッパのR変速機は縦型。それに対して国産は横型。今でこそカンパもサンツアーが発明した横型スラントパンタの優位性を認めたが、当時はスラっとした縦型に憧れたものだっだ。なにせ世界のカンパニョーロだもの。
 今回、1985年のスーパーレコードを手に入れることができた。チタンボルトのお陰でさすがに軽い。こうなったら血迷いついでにヌーボも、ユーレージュビリーも、サンプレックスも・・・なんて


2017/4/23
 サイトーさんに見せびらかすと、そうか原点に返ったんだ、という。付き合いの長い彼は若いころの自転車時代をよく知っている人だからすべてお見通しなのだ。
 ハンドルとステムはニットー、ブレーキレバーはクイックレリーズ付きのダイヤコンペ。ペダルはミカシマのシルバンに決まっている。FDはシュバーブプロ、ブレーキはシマノの最もシンプルなカンチにした。
 52T×11Tが踏めたことには驚いた。20インチ(ETRTO451)だからなのだが嬉しい。まるであの当時に戻ったように風を切って走る。サドルとステムの高さも決まったし、いい相棒ができた。


2017/4/11
 ロングゲージのRディレイラーは趣味じゃない。そもそもシマノCLARISなんていう変速機は知らない。そこでとりあえず手持ちのシマノ105のショートと交換。11-32T(8s)のワイドなフリーも趣味じゃない。これも手持ちの11-21Tに即行で交換した。これだけで自転車はシャキッと引き締まる。
 チェーンホイールはお気に入りのSUGINOだ。ところがクランクはいいとしても、ギアの表面処理がいただけない。アルミなのだが、まるで鉄に塗装したような質感なのだ。あの頃のスギノの精神はどこへ行ってしまったのだろう。
 ネットは便利だ。なんと30年前のSUNTOUR SUPERBE PROの39Tと52T(PCD130mm)が手に入った。それも新品未使用で。まさに奇跡だ。当時からへそ曲がりだったので、シマノは使わずにサンツアーにぞっこんだった。嬉しい、こんなに嬉しいことはない。


2017/4/9
 RALEIGH(昔はラーレーと言っていたが、今はラレーと呼ぶらしい)に憧れて40年、ようやく手に入れた。あの当時は胴抜きの白いカールトンが欲しかったが、今やフルサイズのレーサーは漕げそうもなく、それに最近の自転車のデザインは理解できない。というわけで20インチのRSP(520mm)にした。ロードレーサーではなく、ランドナーでもない。どちらかというとスポルティフ。いわゆる英国でいうクラブモデル風なのだ。
 アメリカでマウンテンバイクが発明されてからというもの、自転車の形は劇的に変わってしまった。今では当時のヨーロッパ車はビンテージなどと呼ばれ、スローピングフレームにストレートフォーク、アヘッドステムが大手を振っている。無理無理、フレームはクロモリのホリゾンタルで、ベンド(曲がり)フォークがいい。つまり1970年代の美しい自転車が好きなのだ。



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