クリスマス
つい2週間前に引っ張り出した炬燵に足も腕も突っ込んで、深いため息をつく。
なにもやましいところはない。
普段いろいろと助けてもらうことも多いし、つき合わせることも多い、昔からの友人に、ふと何かを送りたくなっただけで、そもそも日本人は贈り物で気持ちを表すことを良しとしてきた民族なんだから、なにも、やましい気持なんてないし、ちょっと日頃の感謝を形にしておきたいと、思っただけなんだ。
なんだけど。
佐々木の目の前には、手のひらに収まるほどの小さな赤い包み。
そもそもは、2週間前にさかのぼる。
10月になって付き合い始めた同い年の彼女は、2カ月目にして佐々木から離れていった。クリスマスに始まって、晦日、正月、バレンタイン、ホワイトデーとイベントの増える季節を目前にして。
曰く、「ごめんね。なんか思ってたのと違うんだー。佐々木君、あんまり私に興味ないみたいだし。」
どう思ってたんだ、と問い詰めたいのを我慢したら、あまりに明るい彼女はあっさり去ってしまった。
佐々木の手元にはこれからのイベントに向けて用意した資金と、計画だけが残った。
街は12月に入ってますます華やか。
佐々木はどちらかといえば軽い性質で、もちろんそんなに傷ついたわけではなかったし、ふらふらと次を探しに行くこともできた。
その気にならなかったのは、あまりにも悪びれず別れを告げた彼女と軽い自分がだぶって見えてしまったせい。それから、軽いノリで付き合ったり別れたりしているはずなのに、昔からの友人――この際、親友と言ってしまおうか――が、申し訳なくなるほど佐々木のことを元気づけようとしてくれているから。
ふられたことを告げたら、佐々木以上に傷ついた顔をしていた。その日に飲みに行って、終電まで付き合ってくれて、金も払ってくれた。その上、翌日からは今まで彼女と並んで座った講義の席、向かい合って食べた学食の椅子、なんとなく時間を潰すカフェにすら親友は姿を現して、一言二言話をして佐々木を思い出から引っ張り上げるようにして去っていく。
とても嬉しかった。
反面こんな風に思いやることは自分には難しいと自覚した。
だから、それだけ親友には世話をかけてしまっているわけで。
だから、彼女のためにと用意してあった資金を、親友宛のプレゼントにつかったって、それは別に、やましいことはない。
「クリスマスプレゼント。」
呟いてみて、その響きがすでにやましい。
クリスマスプレゼントなんて恋人間か親子間でやりとりされるものじゃなかろうか。
少なくとも日本では。
気づかいもできて、顔もいい親友に、恋人のいないはずはなく、そこに万が一割って入るようなことになったら目も当てられない。
「……でもなー、この時期になっちゃったのは仕方無いし。」
プレゼントの中身は、ブランド物の革のストラップで、いつだったか雑誌を見ていた佐々木の後ろから親友がそれを指さしたのだ。
そんなのいいな。
の一言を何となく覚えていて、探しまわった挙句やっと見つけたネットのページには、「到着は12月24日になります。」の注意書きが確かにあった。あったけれど、その時はあまり気にしなかったのだ。
プレゼントが届いてみて、冷静になって考えてみると、もう大学は冬休みに入っているし、正月にはおそらく帰省するだろうし、佐々木も帰省するし、そうなると、できれば今日ないし明日に渡すのが確実ではないかと思える。
けれど、24日。
まさかクリスマスイブに押し掛けるわけにもいかないし、かといって翌25日に連絡するのもどうだろう。佐々木も、その親友も一人暮らしである。
一人暮らしの大学生が、恋人がいてその夜にすることなんて、きまってる。で、経験からそういうことは大体、翌日まで持ち越されたりするものだ。
そうすると、このプレゼントを渡せる時期は
「年明けか。」
年明け?
年明けに、このクリスマス仕様のプレゼントを渡すのか?
正月気分も抜けたテスト直前の年明けに?
「……はぁ…。」
佐々木は薄々感づいていた。
クリスマス、できればその日に渡したいと思っていること。
感謝の気持ちを伝えたいだけなら、別に年明けに渡したっていい。待ちきれないなら、いっそ郵送でもいい。
クリスマスは、親密な人と過ごす日だろう?
恋人じゃなくて親友に会いに行くのは、おかしいか?
親友に会ってプレゼントだけ渡してくるのは、おかしいだろうか。
――おかしいだろ。飲み会やコンパならまだしも……。
「っあーっ!もう!!」
炬燵の天板に額を打ち付けて、その痛さに顔をしかめる。
「真木が悪い!」
あの顔の良い、妙な色気のある親友の傍にいると、いつからかなんだかもやもやと引っかかるものがある。
そのもやもやが、今、まさに佐々木を襲っていて、原因の分からない感覚に苛々する。
「真木が悪い真木が悪い真木が悪い。」
真木の色気が悪い!
もしかして俺欲求不満か、と佐々木が自分を疑い出したとき、玄関チャイムがのんきな音をたてた。
この際、宅配でも勧誘でもありがたい。
暖かい炬燵から這い出して、顔を一撫ですると、すぐそこの扉を開けた。
「は、なんだ。よかった。」
少し息の上がった親友が、扉の向こういた。
「真木?」
驚いて名前を呼んだ。なんでここに。
その上、さっきの責任転嫁を聞かれているわけもないのに、何となく佐々木は後ろめたい。
「携帯。」
「へ。」
「バッテリー切れてるだろ。掛けてんのに繋がらないから、なんかあったのかと思った。」
よかった。
とうっすら笑った親友の息が白くて、頬が赤くて、マフラーに顎を埋めてるせいで少し幼く見える表情に、ギクリとして、視線を逸らす。
「まじで?わり、気にしてなかった。」
真木の肩ごしに見える外は、もう暗くなっていた。
「悪い、もしかして邪魔だったかな?」
暗に誰か来ているのかと控えめに訊かれて、佐々木は慌てて首を横に振る。
「あ、外、寒いだろ。入れよ。」
頷いて、細く空いた扉から滑り込むように親友は部屋にはいってきた。
マフラーを取って、コートを脱ぐその間、佐々木は炬燵の上の小箱を隠す。
どうしてこのタイミングで、真木はあらわれるんだろう。悩みに落ちそうなる一歩手前で、いつも。
「佐々木ー、もう飯食べた?」
「まだだけど。」
「お前がもしかして倒れたりするんじゃないかと思って、なんかいろいろ買ってきちゃったからさ、食おう。」
佐々木が片づけた炬燵の上に、真木が一抱えもあるコンビニの袋を置いた。
「目についたから鶏肉と、ワイン。食欲ないかも、と思って、一応アイスとーリンゴジュースとー、サラダも買ってきた。」
言いながら机の上に並べられるその内容が、まるでクリスマスの食卓。
「…じゃあ、俺、アイスしまっとく。」
イチゴとバニラのアイスクリームを冷凍庫に入れながら、佐々木は首をかしげる。
「真木、お前、いいのか?今日こんなところにいて。」
「なんで?」
「彼女とか。」
訊くと、真木はほんの少し考えるような顔をした。
「――佐々木、彼女なしのクリスマス、かなり久し振りだろ?だからいじけて倒れてるんじゃないかと思って。」
「そんなことでいじけねーよ。」
「さみしい友達を慰めにきました。」
「はは、ひでー。」
笑いながら、さっきとは打って変わって華やかになった卓上に、佐々木は本当に慰められているような気がした。
でも、何を慰めるんだろう。
強がりでなく、彼女に去られても別に傷つきはしなかった。
一人にクリスマスでも別に構わないと思っていた。
慰められるほど寂しかったわけじゃない。
「うち、ワイングラスなんてないぞ。」
「いーよ。なんでも。」
不揃いなマグカップを机に置くと、真木は小さく声をたてて笑った。
「なんでもいいって言っただろ。」
佐々木も笑いながら、手早くコルクを抜いて――コルクが思いがけず本物で、ふと高いワインなんじゃないかという考えがよぎった――マグカップに注ぎ入れる。
まだ温かい鶏肉と、大きなサラダ。
「……あ、あー。そうだ。佐々木、これ。」
思い出したように、幾分わざとらしく、真木がポケットから小さな包みを出した。
赤い、それは――
「え!?」あれ!?さっき、ベッドの下に入れたよな!?
あ、ある。
確かに、ベットの下に、自分が隠した小さな赤い包みが見える。
「や、クリスマスだしさ、あの、日頃の感謝の気持ちって言うか…。悪い。ちょっと気持ち悪いか?でも、えーと…お歳暮?みたいなもんだと思ってもらえればいいっていうか……。」
「……。」
突き出されたその、クリスマスプレゼントを佐々木はそっと受け取った。
「これ、ストラップか?」
「ありがと。」
「礼言うの俺の方だろ。」
視線が上げられず、佐々木はプレゼントの包みを開く。
真木が言ったありがとうの意味など、考えるような余裕はなく、中身は分かっているものの、気持が急く。
「佐々木、そういうの好きかな。と思って。」
開けた箱の中身は、色も形もまるで同じ、ブランドもののストラップ。
佐々木は知っている。
クリスマスを前にして、これがなかなか手に入らなかったことを。
「どこで買ったんだ?」
「……店。行ったらたまたま、出てたから。」
「店?まじで?俺、すっげ探したけど、全然見なかった。」
そうか、こうやって、気にせず渡せばよかったんだ。
「だから、これはネットで買いました。」
ベッドの下から同じ包みを出して、鶏肉越しに真木に渡す。
「これもお歳暮ってことで。」
あのブランドの店に真木が行ったってことは、たぶん彼女へのプレゼントでも買ってたんだろう。鞄とか。人気あるし。
そのついでにしろ、こうして気にかけてもらえてるというのは、単純に嬉しいものだ。
そんな風に真木にも思ってもらえるだろう。
佐々木から差し出されたプレゼントを受け取る真木の指先が、ほんの少し震えていたことも、寒さのせいでなく真木の眼尻が紅潮したことも、佐々木はまるで気がつかず、この出来過ぎた成り行きにとても満足していた。
「俺だって感謝してるんだよ。これでも。」
破顔一笑して、マグカップを取り上げる。
迷って、結局メリークリスマスは言わずに、カップの縁を軽く合わせた。
もうお前ら、つ き あ っ ち ゃ え よ !!!
て思いながら書きました。
真木が買ってあったプレゼントは、もちろん、佐々木が雑誌に見入っていたその日に購入したものです。恐らく11月か…10月か。そしてプレゼントを渡すべく、遠慮なく携帯を鳴らそうとする真木。(素敵)
繋がらないと知るや、好機と押し掛ける真木。(とても素敵)
すっごい楽しかったです^^ありがとうございました!!
全然いいこにしてなかったんですがクリスマスにサンタさんからすごいものをいただいてしまいました。
ごめんなさいサンタさんこれからいいこになります。日中の妄想も5時間以内に留めます。
ほんと…moriさんは神すぎる…!!!!!
いつも思うんですが真木と佐々木はmoriさんちの子になった方が幸せだと思う。多分本人たちもそう思ってる。
佐々木の目から見た真木がこんなにしおらしくて可愛らしいとは盲点でした。いつも真木の気持ち悪さを全面に押し出してたので…でも確かにそうですよね!
目尻が赤かったり小さく笑ったりほんとこの真木は可愛いです。豪華クリスマスディナーセットは多分佐々木がフラれた次の日くらいから計画してたよ!短い朴訥とした話し方にキュンとしました。まさか自分が真木にキュンとする日がくるとは思いませんでした。今日は胸キュン記念日。(何)
そんな真木の黒いマグマに気づかずただ感謝してる佐々木はほんともうお前…炬燵ごとテイクアウトしてくれるわ!(わたしが)
お歳暮、ていいながらプレゼント渡し合うこの二人の、ボーダーライン上の危なっかしい感じがたまりません。何度でも言いますがmoriさん神。
ストラップ、佐々木は真木の見てる前で早速ケータイに付けて真木にも「お前は付けないの?ペアみたいで嫌?」とか聞くんですが
真木は「今つけてるのに飽きたら付け替える。」とかなんとか答えて無造作に上着のポケットに入れるんですが
自宅に帰ったら以下略ですよ。
この二人でこんなあったかいお話を書いてくださってmoriさんほんとにほんとにありがとうございましたvvv真木と佐々木とわたしから愛と感謝をこめて…
moriさんの素敵サイトmori-no-hanashiはコチラから→
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