もうお済みですか、冬支度。オール電化で我が家は冬もポッカポカ!とか灯油配達のご用命はコチラまで!とかカラダも喜ぶアツアツお鍋レシピ!をあちこちで聞くようになったそんな季節にイマイチぬるいというかむしろ冷風しか寄越さないリタイア寸前のエアコンに早々と見切りをつけた俺は、引っ越しの際に持ち込んだ、実家の物置で眠っていた古き良き時代の石油ストーブ(上で焼き芋が焼けるアレだ)で快適に暖をとっていた。石油芯には明るいオレンジ色の火がともり、天板に乗ったやかんはシュンシュンと静かに湯を沸かしている。暖められた空気は窓ガラスをくもらせ、すっかり日も落ちてしまった外の世界はどんなに冷え込んでいるか想像にかたくない。
そしてそんな平和な木造アパートの一室に漂う幸せな湯気の匂い。炊飯器の炊きあがり表示はあと10分で、豆腐とわかめと玉ねぎの味噌汁はあとひと煮立ちでできあがる。
台所に立ってシュウマイの皮に具を包む俺。
そして隣りでそれをひょいひょいと蒸し器に移すスズキ。
………や、なんで?
きっかけはやはり今回もどうにもくだらないことで、『中華フェア』と銘打った学食のメニュー(通常のラーメンラインナップ+八宝菜+あんかけ焼きそば+チャーハン+ギョウザ)を見て何の気なしに「シュウマイはないのかな」と呟いた俺に「そういえばないな」とスズキが答えたことによる。俺は八宝菜とギョウザを、スズキは焼きそばを選んでそれで話は終わったものと思っていたがそうではなかったらしい。
後日部活の忘年会の最中に届いた『今度シュウマイ作るから一緒に食べないか』というメールに、酔った仲間に絡みつかれて往生しつつ『了解』と返信したもののその後もバイトの忘年会があったりシフトが急に増えたり失恋した小野を慰める会(コレにはスズキも出席した)が開かれたりしてなかなか奴との時間が合わず、気がつけばそろそろ冬休みも間近という時期になっていた。大学からの帰り道スーパーに寄って材料を買い込み、台所に並んでシュウマイ作りにいそしむ男二人。なんともはや。
部屋に着いてから「そういやウチ蒸し器とかねえけど」と気づいた俺に「大丈夫だ持ってきたから」、と笑顔でカバンからハネ型の蒸し器、ボール大小ふたつとザル、ごま油、片栗粉及びオイスターソースの小瓶を取り出すスズキ。いやもうすごいを通り越して怖え…
主力の作業はスズキに任せて俺は地味に米炊いたり皿を洗ったりしていたのだが、そこでスズキが更にカバンからニュ、と何かを取りだした。
「…なに、それ。」
何に近いかといえば、砲丸投げの砲丸。ボーリングのソレよりはひとまわりほど小さな銀色の球をスズキは手慣れた様子でパカリと割ると、なかの空洞に白菜としいたけ、ショウガ、玉ねぎを入れて蓋を閉じ、てっぺんのボタンをポチリと押した。
「これ?フードプロセッサー。安心のステンレス製」
銀色の球がゴウンゴウンと不吉にバウンドし、ものの数秒で動きが止まった。
「これくらいの量なら10秒以内でみじん切りができるぞ」
スズキがにこにこしながら再び蓋をあけると、見事なまでに2mm大に刻まれた野菜たちがコンモリと詰まっていた。
視点を変えて違うフィールドの道具を作ってみることで、何か俺の研究に活かせるものがあるんじゃないかと思って。そう言ってプロセッサー(暫定)をなでるスズキに、いやよく知らないけどそういうのって普通ミキサーみたいな透明な容器なんじゃないのかこの砲丸みたいなやつだと内部で一体何が起こってるのか見えなくて不安なんだがとかカットするサイズをμm単位で指定するのはやりすぎなんじゃないかとかそもそもこれコンセントとかないけど動力何なんだとか例によって頭が疑問符でいっぱいになったが、とりあえず俺は曖昧にひとつうなずいて炊飯ボタンを押した。
みじん切りにした野菜とひき肉、片栗粉ともろもろの調味料を混ぜ合わせたボール(大)を目の前に、俺とスズキは黙々と包み作業を開始した。案の定スズキが包むシュウマイはきれいに形が整えられ大きさも均一で、対して俺のそれはイマイチな見た目だが味は同じだ構うものか。宅配ピザのサービスでもらったスヌーピーの大皿に並べられたシュウマイたちを眺めながら、なんとなくお母さんとそれを手伝う子供みたいな出来だなと思った。隣りのスズキはときどき皮に包丁で切れ目を入れてお花アレンジ風といった小技も盛り込みつつ俺の倍ほどの速さで作業を進めていく。
「菊花シュウマイっていうらしいぞこれ」
「どこでそういう知識を身につけてくんのお前…てかこのタネ多くねえ?二人でこんなに食べきれなくないか」
「大丈夫だ、冷凍すればしばらくもつから」
ますますお母さんじみた発言にためいきをつきつつテレビに目をやれば、スティーブさん(アメリカ人・35歳)がカメラに向かい「あのときは正直もうダメだと思ったよ」と語っていた。21階のベランダから落下した彼がいかにして助かったか。世界で起こった驚きの出来事をお茶の間に発信する番組だ。そうかもう7時かと気づいたひょうしに昨日のことをふと思い出した。
「明日の7時なんだけど」、講義室にそう告げにきた女の子たちは見覚えがないからおそらく三人とも他学部の子で、年は同じくらい。加えて言うならどの子も飲み会に誘うよりは誘われることの方が多いんじゃないかと思わせるタイプだった。要するにとてもかわいい。
席をひとつあけた隣りでまだウトウトしていた俺は「よかったらお友達も一緒に」という言葉に驚いてあっという間に眠りから覚め、それに対して「ごめんね、明日俺もカジも用事あって」と返したスズキに更に驚いた。また今度誘ってね。とかたちのいい眉を少し寄せ困ったように微笑むスズキに女の子たちはなおもポォッとしつつ小さな声で何か口にして去って行った。ぼうっとその一連の流れを眺めていた俺がいま目を覚ましたと思ったらしく、スズキは特に何を気にするでもなく帰ろうぜカジ、と促した。
残念とか思う前にとりあえずびっくりしたんだよな、と思い返しながら俺は手元のシュウマイに視線を落とす。皿には既に20コ以上のシュウマイが並べられ、「あと残り頼むな」と告げたスズキは蒸し器をセットした鍋を火にかけ、中にキャベツを敷いている。こうするとシュウマイが蒸し器にへばりつかずに済むのだそうだ。
べつに日付をはっきりと決めていたわけではなかった。ただ俺のバイトの曜日やそれぞれの都合を考えればいちばん早くて今日だろうとお互い頭にぼんやりあっただけで、俺もなんとなくこの日に用事を入れないようにしていた。でもそれはあくまでなんとなく、という程度のものであって。
「小野、大丈夫かな。」
「大丈夫だろ。この前も人文学部のなんとかちゃんがカワイイとか言ってたし」
小野のことより自分の方は大丈夫なのかよと思ったが、スズキはどこ吹く風で8コのシュウマイを鍋に移し、手早くスライスした大根にかつおぶしといつの間にか炒めてあったじゃこを乗せている。ていうかスズキ大根切るの充分速いじゃん。プロセッサーいらねえじゃん…
「あーこのままだとひき肉余るなあ。皮足りないし…あ、でも白菜もちょっと余ってるか。麻婆炒めにするか…普通は鳥ひき肉だけどまあいいや」
冷蔵庫を開けてブツブツと呟くスズキはそこから残りの白菜を取り出すとまたもや例の砲丸に入れ、わずか3秒でざく切りにされた中身を取り出した。もういいじゃんお前が切ればいいじゃん…ヒシヒシとそう感じていた俺にスズキはキラキラした笑顔で白菜の一片を差し出す。
「ほらカジ、これ」
「ん?」
「何回かに1回の確率で、こういうのが混ざる仕掛けになってるんだ」
面白いだろう!と掲げたソレは、見事なハート形。星とかダイヤとかもちろんガジェ●ト警部もあるぞ!と続く言葉にピ●アイスかよ…と俺は本日16回目くらいの脱力をしつつ、それでもその掲げられたハートをひょいと奪った。
「え?」
もうほんと、しょうがねえのなお前。
「ちょうどいいから、コレに入れるぞ」
最後のひとつのシュウマイにそれをギュッと強引に入れる。
「……あ、うん。」
何がちょうどいいのかとは聞かず、そうだなと答えたスズキはなぜかうっすら頬を染めた。
俺は敢えて視線を外し、テレビのスティーブの熱弁に耳を傾けた。
炊きあがりまで、あと1分。
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