オーストラリアに存在する古代壁画に描かれた宇宙人らしき姿は蟻を模したものだった、というのが正解でした。それではラスト・ミステリー。
やっぱこの番組、リニューアル前の方が俺は好きだったな…
土曜日の夜9時43分、茄子味噌炒めをつつきながら俺は考える。
「うん、俺も前のがよかったと思う」
読心術?
ちゃぶ台を挟んで向かいに座っていたスズキは、手元にあった布巾を丁寧に3つに畳むと、
「正味の時間が短くなった、てカンジだよなぁ…」
その上に置いたグレープフルーツにずぶりと爪を立てながらそう続けた。
かたかたかた、とやや危なっかしく首を振る扇風機の風に乗って、柑橘の香りがふわりと届く。
近所の庭先でやっているのだろう、シュルシュル、パンという花火の音が小さく聞こえる。
夏休み中のとある一日の終わり、当たり前のようにスズキと夕飯を一緒に食べている状況はかなりどうかと思うが、バイトやら部活の合宿やらの都合で帰省できずにいる一人暮らしの身にとって、「悪い、ちょっと手伝ってくれる?」と差し出された炊き込み御飯と茄子味噌炒めはやはり魅力的過ぎたわけで(スズキは無駄に家事が上手い)。
「いやホント助かったよ。実家からダンボールいっぱいに送られてきてさ」
包丁で切れ目を入れられた皮をクルリと綺麗に剥くと、その中に手際よく取ったシブを入れていく。スズキは「球体に生まれた哀しさよ…」などと無意味なことを呟きながら中の身を二つに分け、ピンク色の断面からひと房を剥がした。
「あとは何に使うかなー…もらってもカジは料理とかしないだろ?」
目はテレビ画面に遣りながらその指は、房の形を崩すことなく敷かれた布巾を汁で汚すこともなく―本当に無駄に器用だと思う―薄い袋から身を取り出して口に運び始める。辛めの味付けに渇いた喉にはとても美味そうだった。
「んー…、茄子はそのままじゃ食べられないからなあ」
酒か出来合いの惣菜くらいしか入っていない冷蔵庫の中身を思い出しながら俺がそう答えると、スズキは大きな目を丸くしてグレープフルーツを剥く手を止めた。
「? いや茄子じゃなくて味噌のハナシ」
──ダンボールいっぱいの、
味噌?
…なあスズキ訊いてもいいか…と問う前に、
「やっぱカジって面白れーのな!」
と笑って返された。そうですかおかしいのは俺なんですか。TV画面で「ではまた来週」と手を振る司会者と回答者一同を眺めながら、俺はスズキ相手にうっかり普通の会話をしてしまった我が身を呪った。そんな後悔の念には一切気づくことなくかちゃかちゃとチャンネルを変え始めたスズキは、そこでたまたま流れていた今放映中の映画の宣伝を目にすると、不意に険しい顔をした。それは子供に人気の、探偵もののアニメ映画だったわけだけれども。
「……なあカジ、」
「……なんだよ」
良くも悪くも、スズキがこんなに真面目な声を出すのはアレ関係のときだけである。
「この系統のストーリーは日本にひどく定着して人気があるのに、なんでガジェット警部はいまいち知名度が低いんだ?魅力的な主人公、凝った小道具、次々と罠を仕掛けてくる悪の組織…構成要素として不足はないハズなんだが…」
2回目の花火の音が聞こえた。
ちなみに今日の奴のTシャツには“ヒント;すべすべとして温かい”とこれもまた心底意味の分からない言葉が書かれているが、敢え
て突っ込むことはしない。俺はあーそうだよなまったくだ、と適当に相槌を打っていたが、あることを思い出して腰を上げた。その背中にスズキは「第二ヒントは“夜になると素速く動く”ものだッ」と投げ掛けたあと、テレビ画面を睨みながら「やっぱり変身シーンか?変身シーンがポイントなのか?」と半ば独り言のように続けた。
だからスズキ、ソレってやっぱり読心術なのか。ていうか、コ●ンは変身しねぇだろう。
俺はスッキリしない気分で、とりあえず皿を洗い始めた。今日の昼間に実家から届いた葡萄を、そういえば冷蔵庫で冷やしていたのだ。10時からの番組を見ながら食べようと思ったのである。
あの種が入ってなくて小ぶりなアレが俺は一番好きだ。巨峰とかマスカットは大きくて食べ応えはあるが皮を剥くのに手間がかかっていけない。ああそうだスズキにも分け与えてやるか…てかスズキ、お前まさか11時のニュース番組でシメるまで居座る気なのか。いや確かに茄子味噌炒めと炊き込み御飯は美味かったのだけれども。
そんなことをつらつら考えながら、洗った箸2膳の水気をきったそのとき。
「あぁ!そうだ!!」
良くも悪くも、スズキがこんな嬉しそうな声を上げるのもやはりアレ関係のときである。
「ガジェット警部で思い出したんだけどさ、なあカジ見てくれよ」
ウキウキと背後までにじり寄ってきた奴が掲げて見せたスーパーの袋の中には、先程こいつが剥いていたグレープフルーツの皮が原型を留めたまま入っているだけである。
「?」
「ほら、ここんとこよく見て」
スズキが指差した箇所の皮に、ごく小さな黒いマイクロチップのような―虫と見間違えそうである―モノが付着しているのが確認できた。
「試作品ナンバー751、コレはな、予めインプットしたニオイを発するモノを探し出してくっつくわけ。半径100キロくらいだったらモニター上でその位置が確認できるし…俺んちのパソコンに接続してあるんだ」
スズキはいつものムダにキラキラした笑顔を見せながら、今日茄子を買いに行ったついでに果物売り場のニオイをインプットさせて、お前の部屋に入ったときにこいつを放したんだ、なかなかいい性能だ!となんとなく聞き捨てならない発言を続けた。…まあ確かに、前回に比べればソレ風の発明品であることは認めるが。
奴は更に、これだけじゃないんだと言いながらジーンズのポケットを探って、小さな押しボタン式のスイッチらしきモノを取り出した。
「コレを押すとだな、」
口を縛ったビニール袋の中でポン、と音がしたかと思うと、グレープフルーツの皮は粉々になった。
「自爆するんだッ!」
タイミングよく、3度目の花火の音が聞こえた。
不覚にも爆発に見入ってしまった俺をスズキは嬉しそうに確認すると、
「まあのちのち全部お前が使う道具だからな!心配しなくてもちゃんとお前の分もあるぞ!」
とほざきながら今度は逆のポケットを探り始めた。
「………あれ?」
最初の方のポケットを探り直す。
「俺んとこに置いてきたかな?わるいカジ、今どうしても必要か?」
「いや、今までも今もそしてこれからも使うことはないだろうし」
「あれー?でもやっぱ絶対ポケットに入れたハズだぞ?どこ行ったんだ?」
スズキは四つんばいになって、ちゃぶ台の下やらテレビと壁の隙間やらを探し始めた。
「スズキ…、俺マジで使わねーし。今度掃除するときにでも探しとくよ。ほら早くしないとテレビ、始まっちまうし」
そう、俺は食後のデザートに葡萄を食べながらあの番組を見たかったのだ。既にスズキを無視して冷蔵庫にかけた手がふ、と止まる。
葡萄。
果物売り場。
──自爆。
「──っデラウェア!!」
俺は思わず台所の中心でその愛しい名を叫んでいた。玄関先を調べていたスズキが「Dairy Wear?!」と聞き間違えたことに突っ込むことも忘れて。
そう、3度目の花火の音は、花火なんかじゃなくて。
その後俺が実家に帰省するまで、スズキが頼まれもしない食事を3食俺の部屋に届けるようになったのは言うまでもない。
Return