【チュッパチャップスでカジスズキ】
「なんだカジ、来たのか」
スズキはちょっと驚いたように俺を見上げた。
もう出席票書いちゃったけど、と寄越された小さな紙片には当の本人すら見分けのつかないほどそっくりな字で俺の名前が書いてある。
「うん。予定より早い電車に乗れたから」
とりあえずスズキの隣の席に腰を下ろし、着替えやら強引に持たされた缶詰やらが入ったショルダーバッグは更にその隣に置くことにする。
親戚の結婚式に出るために俺は先週の土曜から地元に帰っており、こちらには今日の夜あたりに戻ってくるつもりだった。
駅からアパートにまっすぐ直行してもよかったのだが、その途中に大学が位置しているのでなんとなく。まあ、4コマ目くらいは出ようかと。
「代返ありがとな」
「お安い御用だ!ちなみに『時代と電子工学』の出欠確認の時はこのipod型変声機を使ったが誰にも気づかれなかったぞ」
いつも俺たちのひとつ後ろの席に座っている小野あたりはきっと仰天したことだろうと思うが、まあ今更である。
それよりも今俺が気になっているのは、まあ見てくれカジ!といいながら鞄を探るスズキの右手に握られている、
「…スズキ、そのアメどうしたの。」
「ああ、さっき小野にもらったんだ」
1本単位でどこでも売られている30円程度の、ネコ型ロボットの尻尾を連想させる形をしたあのアメだ。模様から察するにおそらくイチゴチョコレート。
それを片手に持ちながら、もう一方の手でスズキはしきりに鞄を探っている。
「どこに行ったかな…なんでもゲームセンターの機械が故障してたらしくて、1ゲームでとめどもなくこのアメが溢れ出てきたらしい。カジが今日戻ってくるって知ってたらコレあげたんだけど」
普段スズキがすすんで甘いものを食べているのを見ることはあまりない。
片手ではらちがあかないらしく、スズキは仕方なさそうにアメを口に運び両手で本格的に鞄を漁り始める。
俺はその鞄から次々と転がり出る(いったいこの鞄のどこにこれほどの容量が収まってたんだ)得体の知れない品々を恐る恐る拾ってやりながら提案した。
「なあソレ、俺が引き取ろうか?どうせ物珍しくて食べてみたはいいけどあんまり好きじゃないんだろ。」
「──え、」
「?」
急にスズキの手が止まり、ようやく見つけ出したはずのその小型機器がカシャンと床で音を立てた。
【風邪発症から回収まで】
徐々に座席が埋まっていく講義室の様子を後方5列目の席から見下ろしながら、俺は窓辺から差し込む日差しの強さと斜め上方あたりからやや過剰なほどに吹きつける温風に屈してニットを脱いだ。
確かに今朝の天気予報は雪で、いや実際に今も雪は降っているのだが、まるで天気雨のごとく晴れ渡った空から舞い落ちてくるソレは地面に着かないうちに溶けて消えてしまって決して積りそうにない。
講義室がここまで暖かいと必然的に睡魔がその本領を発揮してくるわけで、俺はわずか1/3程度しか行が埋まらなかった午前の講義のルーズリーフを見、続いて講義室の時計に目を移し──次の講義の開始までにはあと10分あまりの時間が残されていた──それまで眠ることに決めた。突っ伏した机は初めいくらかひんやりとしていたがすぐに温み、おまけに午前中も同じ姿勢で寝ていたせいか首や肩といった体の節々が痛い。それでもそのままじっとしていると、トン、と前の座席に誰かが荷物を置いた振動が木材を伝わって直に耳に届いた。加えて頭上からは「カジ、寝てるのか?」という聞き慣れた声だ。
「なんか今日はやたら眠くてさ。教室暑くないか?」
答えながらのろのろと顔をあげると、机を挟んで俺の前に立ったスズキが本日の日差し並に眩しい例の笑顔で俺を見下ろしていた。一緒に連れてきた外の冷気が心地よく、更にその目に痛いほどの真っ青なダウンのところどころに溶け残る雪片は俺に、ある氷菓子のパッケージを連想させた。
…あ、カ●ワリ氷食べたいかも……
「そうか?別にいつもとそんなに変わらないような気がするけど…」
急に覚えた俺の喉の渇きをよそに、スズキはダウンを脱いで簡単にたたんで席に着き、もう一度俺を見て一瞬「あれ?」という顔をした。
「いや暑いって絶対。なんかのぼせそうだよ俺」
「そこまで暑いってほどじゃあ…──おいカジ、」
連想した途端無性にあの氷菓子が食べたくなってしまったが、講義が始まるまでもう5分もない。火曜日はこの講義が最後で、これが終わったら絶対にカチ●リ氷を買って帰ろうと俺は心に決めた。
「なあ今日は講義早く終わりそうだよな。先週で実質ほとんどテキスト終わっちゃってるし、レポートの課題ももう出てるしさ」
「そうだな。それよりカジ」
「なに」
「お前、熱あるんじゃないか?」
「…熱?」
気づくと、椅子に座ったまま妙に真面目な表情で俺に向き直ったスズキの顔が目前にあった。
近づけた額のあたりにはまだひんやりとした外の気配が残っていて、ああ近いなあなどとぼんやり思っていると後ろの席から「げふッ」という激しい咳に続いて「ハバネロが!ハバネロが気管に!!」という小野の声が聞こえた。そういえば奴は昼休みの時間「俺はこの寒さを自ら発熱して克服する」とか言っていたような気がするが、だから今日はこの教室暑いだろ何やってんだ小野。
スズキまずい!それはさすがにまずい!という小野の声にスズキは「?熱測ろうとしただけなんだけどな?」と小首を傾げつつ俺から身を離し、先ほど出したカバンから出したばかりのテキストとノートを再び仕舞い始めた。
「どしたスズキ?帰んの?」
忘れ物でもしたのだろうか。俺の問いにスズキは頷き、「カジもだ」と付け加えた。
「俺?」
「7度8分、てところだろうな。俺の部屋の方が近いしいろいろ都合もいいからそっちでいいよな?」
わずかに眉根を寄せたその顔を眺めているうちに、スズキは手早く俺のテキスト類まで片付けていく。雪もまだ小降りだし、と言うその言葉につられて窓を見やれば相変わらず細かな雪片が日の光りを浴びてひらひらと青空を舞っているばかりで、既に俺にはそれがあの氷にしか見えなくなってきていた。
それにしても何だ7度8分てその具体的な数字、とか例によって言いたいことがたくさんあるこちらの様子には例によって気にも留めずにさっさと俺のカバンまで肩に下げ、先刻俺が脱いで傍らに置いていたニットをはい、と差し出してきた。そして腑に落ちない(当然だ)俺を促すように、
「アイスなら途中で買ってやるから」
な?とスズキはちょっと笑い、迷いもなく講義室の後方の扉へと進んでいく。
俺は頭を占領しはじめたその氷の魅力に降参し、だからお前読心術なのかそれ、とだけ答えてニットに袖を通した。
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