あんまりといえばあんまりな場所で迷子になってしまったものだ、と佐々木は思った。
 時は夕刻。
 此処は日が沈んでから活気を帯び始める類の場所で。
 うっかり立ち止まりでもしたら道脇のあちこちから伸びる白い腕に捕まりそうで、闇雲に歩き続けたのが更にいけなかった。
 道行く人に尋ねようにも、どうにも間合いがとりづらい。
 何が「吉原とまではゆきませぬが、こちらの色街も捨てたものではありませんよ」だ。そんな目的で訪れたわけではなかった。胸のうちで毒づきながら、とうの昔に見失ってしまった不誠実な案内人を呪う。
 もう既に自分がどの方角からやってきたのかも怪しい。人の流れに乗って歩いてはいるが、半ば惰性で足を動かしているだけだ。
 いったん止まってみた方がよくはないか、そう思って歩を緩めたところで袖を引かれた。
「おやおや随分とまあ男前、こちらは初めてでございますか」
 ああとうとう捕まってしまった、と苦々しい思いで振り向けば、満面の笑みで初老の男が立っている。
「生憎道に迷ってしまって。親切料はお支払いするから帰りの道を教えてくれないか」
「どちらからいらしたんで」
 宿泊先を伝えると、男の目尻の皴はますます深くなる。
「いけませんいけません、今から休みなしで歩いたってお着きになるのは真夜中ですよ」
「女を買うつもりはないんだ」
「じゃ少し休んで行かれたらよろしいでしょう。その間にお車の都合もつけますよ。なァに花屋で花買うのは決まりごとでしてね、何も致さずともお代は同じなんですからついでに可愛がってやればいいんです。旦那のような男前なら女の方から願ったりでしょうよ」
 また新たに他をあたるのも億劫だったし、車を呼んでもらえるのはありがたかった。ただ女を抱く気は毛頭なかったので、男に別の花は置いていないのか尋ねてみた。もちろん自分にはそちらの趣味はない。ただ、それ故に今の恋人への申し開きにもなると思った。加えて言うなら、なんとも理不尽な自分のこの境遇に少しばかり自棄になっていたのかもしれない。
 男は初め驚いた様子だったが、すぐに心得て─流石なものだ─奥へ下がった。その顔に浮かんだままの笑みが、気味が悪かった。

 半刻もしただろうか、襖が静かに開いた。
 部屋の仄かな灯を受けたその姿は、おそらく自分と同じくらいの年齢ではなかろうか。
 軽く頭を下げて襖を閉じると、今度は畳に手をついてもう一度ゆっくりと深く礼をした。
「どうぞごゆっくり、楽しんで行って下さい」
「名前は?」
「マキといいます」
 陰間というものを初めて見る好奇心で、此方に近づいたその男を仔細に観察してみる。
 白い顔だが化粧はしていない。すうと切れ長の二重まぶたがすこし眠そうに瞬いた。細い鼻梁に薄い唇。それも作為のうちなのか、撫でつけられずそのままの長めの前髪が幾筋もその顔に零れかかっている。どことなく博多人形を思わせる風情だった。
 なるほど確かに整った顔立ちだが、今しがた聞いた声も、そして着物から覗く手首も細くはあるが全て男のものだ。
 男色嗜好のない自分がうっかりと幻惑されて過ちを犯すことはあるまい。
 
 ──そしてその考えはそう、結論から言えばまったく正しくなかった。
 


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