◆6◆

「何してんだ、お前、死んだんじゃなかったのかよ。」
「ああ、死んだよ。 それよりも君、よくここまで来れたね。」
どこかとんちんかんな会話が、部屋の中で現実の如くに大きく響いた。
狭い部屋の内にはなおも水がひざまで流れ、木の根に押しつぶされ
そうになっている古びた石棺の狭間を抜けて、前の祭壇へと達している。
一段高いその場は、壁面にステンドグラスが彫り込まれ、どこから漏れ
たかもわからない白い光でぼんやりと浮かぶように見える。そして、それ
はまた、天井を破って周囲へと伸ばされた木の根や艶めいた瘤も照らし出
していた。
そんな中で、死んだはずのナミは俺の驚きの顔もどこ吹く風で、のんびり
と俺の周囲の水の流れに瞳を移した。 動転している俺の声は、いくらか
腹立たしい気持ちも込めて上ずっている。
「ふざけんな。 死んだ奴がどうしてこんなとこにいるんだよ。」
ナミは逆に、どうして、と言いたげな目を俺に戻した。
「どうしてって、ここは死者の為の地下墓地(カタコンベ)だよ。君、知らない
で来たの?」
知るもんか、だいたい俺はお前ん家の前のクヌギの木の下から確かに
石段を通って来たんだぞ、あの世になんて着くはずが、言いかけた俺に
ナミは手を伸ばして、こちらへ来いという仕草をした。 いつも、俺を招いた
手だ。 でもその手に、見知った腕輪ははまっていない。 当然だ。俺の
手の内にあるのだから。 そして腕輪をしていないナミが、こうして
現実に目の前に立っている。 死んでいるはずがなかった。わかりきって
いる事を、と憤慨した俺の、ナミの指先に触れた手の内の血は、その瞬間
にびくりとはねあがった。
「……ナミ……?」
「少し、落ちついて話そうよ。 私も君と話したくてたまらなかった。」
ナミの白い手は、確かに俺の手を包んでいるのに、その先にはまるで
ぬくもりが感じられなかった。ちがう、これはナミじゃない、いや、それとも
俺が現実にいないだけなのか……?混乱する頭をよそに、伸ばしたまま
止まった俺の左手の五指は、ナミのぬれた輝きを持つ指に静かに絡め
とられていた。
冷たくはない。 温かくもない。ただ存在だけが俺の体内を侵蝕し始める。
 そんな不思議な感触を、自分の体が闇の中で起こす錯覚に違いないと
言い聞かせながら、一方で俺の心のどこかは、あいまいなこの世界を
受け入れだしていた。 言い出したらキリがない。 全ては不確かなの
だから、せめて今のこの触感を信じるしかないのだ。 肌を伝わる存在が、
俺の濁流を起こした血を鎮めて言わせる言葉であり、そして再会の喜び
が錯覚させる思いなのだと自覚しながら、俺の目はそれ以上歩み寄らない
ナミをぼんやりと見つめていた。 そう。 しなやかにくねる木の根が、ナミ
のもう片方の手をとらえて放さないのを。

              
 ←前へ  小説トップへ  次へ→