◆4◆
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「申しわけありません。遺体は昨日のうちに荼毘にふしてしまったもので。」
「え……?」
古びた土蔵のような部屋には、隅にぽつんと、白磁のつぼと一枚きりしか
ないナミの写真があるばかりである。 つぼの重みを確かめなくては、と
思いながら、俺の体は今更に小さく震えて前に進まなかった。 変わりに
不可解な苛立ちが雲となって体の芯からわきあがってくる。
「どういう、ことです?」
……あの子のたっての頼みでして、死に顔はナギさんには決して見せて
くれるな……と、独り言につぶやくような老人の声は俺をその場に置き去り
にして隣の部屋へ消えた。 頼みとはどういうことなんだろう。 いや、それ
以上に俺の中にはがっかりした風が吹いていた。 もうこの世界でナミに
触れることも、見ることもない。 幼馴染みとの別離とは、こんなにあっけ
ないものだったろうか。 荒れる風をどう治めていいか、手をつけかねて
知らず知らずシャツの右胸を握りしめた俺の耳に、ことり、と何かが置か
れる音がした。
「これは……?」
目の前の古びたテーブルの真ん中に、白い小さな箱が置かれている。
視線を上げた俺に、老人はあいまいに笑って、開けてみろと目線で返した。
一瞬だけ間をおいて、恐る恐る蓋を開けると、そこには見覚えのある
鈍い灰色が姿を現した。
「どうして、……」
「ナミが是非貴方にと。 どうか形見になり何なり、受け取ってやっては
くれませぬか。」
「形見、ですか……」
手の内に小さく収まった腕輪は、生きているナミと常にともにあったそれだ。
手に伝わる重い感触は彼女の姿を思いおこすのに、俺の疑問には答え
ようとしなかった。 一体全体どういうことなんだ、あいつは何を思って、そう
言いかけた俺の中に、不意に目の前の老人のほつれた鬢の毛が大きく
映って、その先の言葉は声にならずに湿った灰茶の木の床に落ちた。
そうだ。 こいつも血のつながりがなくたって、確かにナミの育ての親で
あったのだ。その先の会話も互いに胸の内に持ってはいたが,それ以上
口に出すことはできなかった。 俺は無言で老人のさびしげな表情に頭を
下げた。
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