
都営地下鉄「大江戸」線、大江戸あんだあぐらうんど。
嘘みたいな名前の地下鉄は、東京の穴場を巡るにはたいそう優れた電車。
都庁前を基点にぐるぐると廻り続ける大江戸線で、[花のお江戸]を実体験。
そう、今日は「江戸開府400年記念の日」、平成15年3月24日。
お江戸が簡単に周れちゃうってんだから、こいつぁありがてぇ。
アララは「ヒトゴミ愛好家」であり、その意味で東京はけっこう好きな街なのですが、
細かく比較してみると、やはり「空気の清浄度」「河川の清流度」のみで言えば、盛岡がよろしい。
駅に降り立つと、盛岡は「川の匂ひ」。あの草いきれのような、湿った土の匂い。
ちなみに東京は、沈丁花の香り。ただし、これは千代田区千鳥ヶ淵近辺。
降り立つ駅によって、嗅覚を刺激する物質が違う、それが東京。
渋谷はハヤリの香水の匂い。
上野はエンジンオイルの匂い。
東京が素晴らしいのは、
デジカメでパチクリやっても怪訝そうな顔で見る人が少ないこと。
むしろアララの創作活動(自爆)を助けて下さるかのやうに
皆様、カメラと被写体との間を避けてお通りになる。
・・・大変迷惑な存在だったかと、今更「自戒」。
街を歩けば、デジカメを首から提げている人の多いこと。
何を撮っておられるのか、気になるのですけれど。
緑深い東京の街で、御馬様と御犬様がにらめっこ。
微笑ましい姿ながら、実は彼らは、慰められるべき魂の像。
そういえば、蒼前神社(岩手県滝沢村)に奉納された馬の像にも同じことが書いてありました。
沿岸警備の為に「砲台」が置かれたことから「台場」と呼ばれるようになった「お台場」。
その「大砲」そのものが、江戸城(千代田城)のお濠端に鎮座しています。
誘われるように、呼ばれるように、ふらりと立ち寄ったその場所で、偶然出逢ったそのパネル。
岩手に生まれ遥か南の島で消えていった人の詩が、沁みました。
タイトルは、「僕は唱歌が、下手でした。」
純白の鳩が近づいてくる。
餌はないぞ、何にもないぞ、でも、向かってくる一羽きりの鳩。
何かを問いかけてくるような。
桜の標準木は、まだつぼみ。
春まだ浅く。
「大きな玉ねぎの下で」と歌われた黄金色の擬宝珠輝く日本武道館で、
専修大学の卒業式が行われたその日、
アララの向こう側から、凄いヒトゴミが波のように押し寄せてきた。
特定の路上でタバコを吸うと、お上に余計お金を納めなければならない千代田区。
町が綺麗になった上に富裕化するという傍目には一石二鳥な政策。
「美しさを保つ」というのは、いろんな意味で非常に難しい時代なのであり。
千代田区は「千代田市」になろうとか真剣に思っている。
それには、色々と事情というものがあるらしい。
千代田区で生まれたお金は大概、千代田区の下には留まらないという理由。
でも、良いじゃないですか。千代田区には、名誉があるのですから。
新しい丸ビルがそびえる千代田区丸ノ内。
この中に、小岩井農場の味を提供するレストランがあると聞く。
周辺は江戸時代の遺構(大名屋敷)跡ばかりであり、有楽町に向かって歩くと、
随所に歴史的なものを知らせる表示に出会う。
お江戸の匂い充満する素敵空間。
四谷から上智大学・雙葉学園(ふたばがくえん)に向けて、てくてくと歩く。
いかにも東京の文教地区といった、重厚な雰囲気の一帯。
東京中華学校の前に、狛犬のような守り神。
中華人民共和国の悠久の歴史を伝える美しき光景。
市ヶ谷に近づくと、世界の「ソニーミュージックエンタテイ『ン』メント」。
エントランスの屋根が、ぐにゃぐにゃしている。
江戸が開府して400年。
盛岡の百貨店でも、これに呼応して「浅草」の物産展が開かれている。
花のお江戸は「リサイクル先進都市」だったそうです、「東京」よりも。
盛岡の「岩手銀行旧本店」にそっくりの東京駅。
設計した人が同じだから当然ですが、岩手銀行の方が実は、先輩格。
盛岡出身の首相「原敬」が遭難したその場所で、開府関連イベントが大開催。
東京駅丸ノ内口の反対側「八重洲(やえす)口」の由来は
「ヤン・ヨース」という外国人の屋敷があったからだと言う嘘みたいなハナシ。
八重洲ブックセンターに貼られた「日本古地図」に気になる記述。
南部藩の城下「盛岡」附近の英表記が「Onambu」になっているもの数点。
「お南部」? それとも「大南部」? そんな言葉あったの?
参勤交代で諸国の文化が入り混じった江戸。
今でも東京の魅力の一つは、全国のアンテナショップが集積していること。
有楽町から銀座に近辺に点在するそれらの中で、
北海道・沖縄・熊本・岩手はなかなかの盛況ぶり。
全面改装前の「わしたショップ(沖縄県)」で、捜し求めた「黒糖酒」を買う。
かつて「黒糖焼酎ありますか」とのたまい、「それは駅向こうの鹿児島アンテナショップでないと・・・」と
困惑の表情を浮かべられた一品。
「奇跡の出会い」であります。
日本鉄道発祥の地「新橋」。英語表記は「SIMBASHI」。
話は飛びますが、南部藩の「南部」の表記も、「NANBU」か「NAMBU」かに統一した方が良いのではないかと。
盛岡藩士の家に生まれ、かつて東京府知事を務めた「阿部浩」は、
盛岡に別邸を建て、「吾郷楳荘(あきょうばいそう)」と名づけました。
これは、平安時代の盛岡を治めた豪族「安倍貞任」の、前九年の役に関わる故事に由来する名。
ふるさとを思う意味をも込めたのでしょうか、その扁額の揮毫を伊藤博文に依頼し、
それが今でも、盛岡の「原敬記念館」に遺されています。
吾郷楳荘は、後に「一ノ倉邸」と呼ばれ、庭は盛岡市保護庭園になっています。
その場所は、「安倍館町」。
東京で困ってしまうのが、「乗換駅」の名前がバラバラなこと。
新橋駅と汐留駅、繋がってるのに。
新宿駅と新宿西口駅、何も分けなくても。
丸ノ内駅と東京駅、「東京駅」で統一してもらえないでしょうか。
そういう感覚は、東京で生まれ育つと生まれませんきっと。
「相互乗り入れ」なんて、東京で初めてぶち当たる壁。
乗り換え用改札? 間違ったら困るから乗り換え切符を買わなかったことさえ。
間違っていても、判っているようなふりをして歩くのが東京の掟。
地下鉄で行けば安くて早いのに、山手線で行けば簡単だと思ってしまう思い込みの罠。
ひたすら歩く生活を続けているから、きっと東京で働く人々は体力があるのだと思う。
嗚呼、クルマ社会に生きるモリオカンには至難の江戸。
でもまぁ・・・港区のしかも「汐留」という名前が素敵だから、全てをチャラにする。
そんな汐留には「近未来風景」が広がる。
人口地盤の彼方に、浜離宮恩賜庭園と朝日新聞社。
電通本社ビルの地下に仙台発祥の「回転鮨・うまい鮨勘」。
文字通り「江戸前」であるためか、盛岡店のように「石巻直送」の文字は無い。
隣のビルに「劇団四季劇場『海』」。
海を感じさせる地名とコンセプトが心地よい。
波打つ海の姿が丸いシンボルマークに収まる。
眼下に広がるオープンスペースで、東京の母娘がオブジェ越しに遊ぶ。
潮のような飛沫が突然吹き出す仕掛けに驚く。
向かいでは、鹿島と資生堂の共同ビルが建設中。
鹿島の鹿島守之助氏、資生堂の中村誠氏。
盛岡が生んだ偉大な人々のゆかりを勝手に伝えることにする。
至る所に建設現場、柑橘系の実り、下町情緒と億ションやらオフィスビル。
乾いた空気に関東平野を感ずる。山は見えないが、パノラマも拝めない。でも、それがまた非日常の心地よさでもある。
屋上校庭、花の有る公園、語らう若者の群れ、
背景には冬でも茂る常緑樹。「東京らしさ」極める風景たち。
上総国と武蔵国、両方の国を結ぶ境界、だから「両国」。春にアララが隅田川@墨田区。
横綱は居るけれど、横「網」町。多くの夢が、眠る場所。
呼ばれるように江戸東京博物館に向かうけれど、「本日休館」。
アララを呼んでいたのは、その隣の「東京都慰霊堂」であったらしい・・・。
高田馬場の流鏑馬(やぶさめ)行事は健在。この像の下に、なぜか交番。
2003(平成15)年4月7日は、高田馬場の科学省で「鉄腕アトム」が生まれた日。
牛込御納戸町の納戸@穴八幡宮
別当寺の「放生寺」との境に「穴」があり、江戸城の秘密トンネルだという言い伝えがあるそうな。
御犬様受難@国立国際医療センターfeat.総務省統計局
世が世なら、お江戸では大変な背信行為と問い詰められる光景。
未来なのか過去なのか、無機的で都会っぽいのだが、「東京っぽくはない」風景。
東京で「団地」と言えば「高層住宅群」を指すけれど、盛岡ではそれが「一戸建て群」をも指し示す。
アララは昔、転勤族の御子弟との会話で、「団地の定義」が噛み合わなかった経験がある。
桜の陰と「さくらルンバ」
五戸って、「南部藩系の苗字」・・・。
サクラサク@早稲田
「ローソンで待ち合わせって言われたんですけど、この辺ですか?」と息せき切った若い女性に満面の笑顔で尋ねられる。
またも訪問地でネイティブのように溶け込んでいるアララだが、「旅人ですから」と断るのも無粋なので
「あぁ、最近見ませんね」と意味不明な言葉で返す。
断じて、嘘ではない・・・。
ところで早稲田大学の前身「東京専門学校」の初代校長は「大隈英麿」。
何を隠そう、彼は盛岡出身で旧姓を「南部」といった。
夏目漱石ゆかりの坂。書かれていなければ、ただの坂。
セブンイレブンで、盛岡弁のアクセント漂う老婆を見る。デニーズの存在に、東京をまた感じる。
アララの祖母は昔、恵比寿に住んでいたらしいが、今では何も解らない。
そして歴史は伝えられずに消えてゆく。
「丸井と道化師と私」
「禁じられた風景の中の私」
「伊勢丹と黒い影と私」
「パフォーマンス」と言ふ言葉も久しく聞かないけふこの頃。
道端でのたうち回る黒い影、
それをじっと見つめる「明治神宮前辺りにいそうな」コスプレ系少女、それを物ともしない大人達。
あやつり人形を売る人、鎌で曲芸する人など。
嗚呼、大東京。随分前からこの人達を見ている記憶がある。
「追分だんご」を売る店は、甲州街道沿いの宿場「内藤新宿」に
「追分」の地名を保ちながら生きながらえる。
丸井で「五ヶ瀬茶」を買い、伊勢丹で「麹町一元屋の金鍔」を買い、島屋と東急ハンズでは何も買わない。
GAP、ユナイテッドアローズ、新宿高野、小田急、京王、と「東京的風景」が広がる。
己の物欲はここまであったのか、と改めて発見させられる旅路。
「買わないという選択」は、かくも切なく、儚い。
東京は、辛抱と体力と夢がなければ生きられない・・・ということもなく、
比較的なんでもありな雰囲気を静かに漂わせながら人々は生きている。
ゴーイングマイウェイな常識人が多い街、それがお江戸の伝統か。
「百果園」で椰子の実にストローを突き刺したジュースを所望。
なぜか「とうもろこしの風味」がする。
ドリアンの中身をばら売りしているのだが、買う勇気が無い。いつも、無い。
ヨドバシカメラがメガネ店を展開。時代は変わっている模様。
この「淀橋」も、実は由緒正しい「歴史的町名」なのですが。
歴史を伝えながら未来を切り開く、お江戸極めた東京の名店。
「買う」「知る」「見る」「聴く」「飛ぶ」という各点をみれば、やはり東京は最高の町。
そりゃ悪魔も天使も棲んでいるわけです。