このサイトをより深く知るために。

動作環境
「Windows98」及び「WindowsXP」での正常な表示を確認しております。
「Internet Explorer5.0以上」で、表示文字サイズは「小」でのご高覧をお勧めいたします。

「Macintosh」ご利用の場合、残念ながら画像がずれて表示されるようですが、
社会を動揺させるほどの大きな問題ではありません。
多少のずれが、人間らしさに一層の風味をもたらすでしょう。

タイトルについて
このサイトは、当初の仮タイトルを「ALALA@PLALA」として
2002年4月7日に開設・公開されました。
当時のロゴは、周縁がひどくギザギザで、今見ると、それなりに向上してきた
己の技術と理解の変遷を辿ることが出来ます。

その後しばらくして、
居住地であった「盛岡」をメインテーマとして、
「盛岡発・郷愁型耽美系詩情派サイト」をサブタイトルとする
「Moriokan Daily Poetic News」を展開。
(2003年1月20日、「総アクセス数・1万件突破」
 2003年4月30日、「一日あたりの来場者数最高値<53人>記録」)

内容は、ほぼ毎日更新の「好日庵日記 けふの一言」
(2004年春ににブログ形式に移行した現在の「東京情景 都の鄙人」に継承)をはじめ、
大阪、京都、名古屋、奈良、博多、仙台など各地を旅した記録「アララと歩く日本」など。
(最も印象深い人との出会いがあった「神戸篇」はお蔵入りのまま)
その中で、最後に
「東京」を旅した記録を公開したところ、それから一ヶ月後、
奇しくも東京へと招きよせられ、管理者アララは不測にも
「東京」へ転入することと相成りました。

ウェブはこれより、暫くの更新停止状態に陥りましたが、
平成15年6月21日、「Tokyo Pandora City Notes」としてリニューアルしました。

開けてはいけない箱を開けたら、こんなことになりました、という街の景色。
住むことはもうないだろうと思っていた街への突然の移転。

ギリシャ神話によれば、災厄を詰め込んだパンドラの箱に、
最後に一つだけ残されたのは「希望」。
希望って、災厄なのか一体。
パンドラの箱は、摩訶不思議。それはまるで、東京の街のように。

希望を抱いて人々が集う都市「東京」を、あくまでも訝しげに見つめながら、
なおかつその箱の隅を突付くように東京都民の真実を発見していこう、
という、それ自体が希望に満ちた地域密着型ウェブサイトです。

今後とも温かいまなざしでのご声援を、宜しくお願い申し上げます。

サイト開設の動機
「ウェブサイトを開設すること」は、遠い昔から、一つのささやかな目標でした。
しかし、当時のアララにはそんな環境も技術もなかったのです。

パソコンやらLANやら、HP作成ソフトまで、なぜか他力ながらうまい具合に揃った時期、
「これはやれという暗示」というただの思い込みによって、願いは始動しました。
またそれを後援する社会情勢や、人々との出逢いがあったことも事実です。

開設からしばらくの間、アララは「マウス無きノートパソコン」でサイトを構築していました。

「東京」の印象

「郷愁と反郷愁が出逢う街」。
東京に憧れ続けた末にやっと移り住んだ人と、どこか遠くへ故郷を夢見る人が
全く別のベクトルで同じ道を歩いている街。

テレビや雑誌に取り上げられる店がすぐそこにある、という感覚に違和感。
何だかこれは、嘘に違いない絶対、という現実味の無い街の雰囲気。
でも、どこよりも現実的な街。

昼食を取るにも行列、アイロンをかけてもラッシュでスーツに皺。
小雨でも必ず傘は差し、電車ではいじらしく読書に勤しんでいる。
人の流れに身を任せ、結構礼儀正しい東京の人々。
でも、彼らは多分、東京生まれじゃない。

「わたし今さらもう帰るところはないのよ」、といった風情の女性や、
田舎暮らしに憧れてはみるけれど、今さら田舎には帰れない、
そんな葛藤のうちに都会に染まってしまった男性などが
なんとなく「標準語らしき言葉」を不自然に扱いながら
田舎時代とは別の人格を演じているような、ドラマチックシティ。

対して東京を故郷としてここに生き続ける人は、
外国のように遠い田舎を知ることなく、東京が故郷であることをも意識せずに
慌しい時間を臆することなく、ちゃきちゃきと生き急ぐ。
でも無条件に親切にしてくれたり、余裕を感じさせるのが「らしさ」でもあり・・・。

東京ネイティブは、概して自分の行動エリアしか東京の地理を知らないようです。
必要な情報を取捨選択してきた生い立ちが、それを決定的にするのでしょう。
だから、東京の観光スポットに詳しいのはネイティブではない可能性大。

テレビや雑誌の中の架空の東京を追い続ける人たちと、
東京の利便性を淡々と無意識に享受して生きている人たち、
それらがごちゃ混ぜに詰められた箱。
そんな東京は結構面白い。
この人ごみにいる人は、ずっとこの街にはいないのだから。

アララは東京ネイティブと地方出身者の言葉の違いが、
微妙ながら聞き取ることができます。

「盛岡」ってどんな街?


アララは、岩手県の県庁所在地「盛岡市」に生まれました。
盛岡は南部藩の城下町で、かつて東北新幹線の終点だった北の町。
東京で言うと麻布や赤坂の南部坂、盛岡町交番にゆかりのある町です。
人口30万人足らず、第三次産業従事者が圧倒的。
盛岡の言葉は、上方商人文化の影響か、関西っぽいアクセントが散見され、
一般にイメージされる平板な東北弁とは、やや異なる雰囲気を持っています。 





盛岡の名物は、盛岡冷麺、わんこ蕎麦、じゃじゃ麺の「盛岡三大麺」。
ちょっと有名なところで言うと、南部鉄瓶、小岩井牛乳。
伝統的なお菓子では、黄精飴、ゆべし、ぶじょほ団子。
意外な出身有名人は、、鹿島アントラーズの小笠原選手、タレントの山川恵理佳さん、
「悲しいとき〜」で御馴染み「いつもここから」の菊地さん(色白なほう)、
お昼頃、みのもんたの隣に居る「高橋佳代子」アナ。
有名なところで、石川啄木、国語学者の金田一京助、五千円札肖像の新渡戸稲造

彫刻家の舟越保武・桂父子など。所縁のある人を挙げていくと、
「銭形平次」作者の野村胡堂、童話作家の宮澤賢治、あたり。





盛岡を訪れると、学生の格好に
学生服やセーラー服が今なお多いことに気づくはずです。
また、自転車通学も圧倒的に多い。
東京あたりからこの地に足を踏み入れた人は、驚きをもちつつ、
そこでノスタルジーに浸る傾向にあるようです。

写真は「バンカラ」と呼ばれる格好をした特殊な応援団の一味ですから、
盛岡の高校生が今なお下駄を常用しているという誤解の無きように。
彼らが今まさに何気なく渡っている「上の橋」の擬宝珠が
国の「重要美術品」に指定されていたり、
そこら辺に「天然記念物」や「重要文化財」がごろごろしていたりするのですが、
そういうことを殆ど意識していないのが、盛岡人の大きな特徴です。

盛岡を舞台にした漫画としては、「六三四の剣」(村上もとか作)
同じく映画としては、「ハル」(森田芳光監督)
ご当地ソングで有名なのは、「緑の街に舞い降りて」(松任谷由実)
青江三奈の「盛岡ブルース」というのもありますが・・・。






市役所の裏には中津川という清流が流れており、
鮭が遡上して来るので、市民はよくそれを橋の上から眺めます。
嘘みたいですが、橋の上から眺めても底の石がはっきり見えます。

南に平野が開ける以外は、
三方を小高い丘陵に囲まれていて、市民はこれをもって方向感覚を保ちます。
岩手山は北西、姫神山は北東、南昌山は南西、といった具合です。
山にはそれぞれ伝承が残っており、メルヘンな雰囲気です。

夏は33度を超え、冬は氷点下10度を超える盆地特有の気候。
雪は意外に少なく、自然災害も殆ど無く平和な都市。
地震があっても、大きな被害にあったという話は聞きません。
「水不足」などという観念自体、盛岡には無いに等しいのです。





盛岡の四季を振り返ってみましょう。
早春、雪の合間に生える「バッケ(フキノトウ)」を採取し、
「バッケ味噌」「バッケの天婦羅」を食すのは当然のこと、
むしろ「バッケ」が標準語ではないのかというほど、
盛岡ではこの語があたかも季語として重用されます。

テレビで「東京・上野の桜が満開」と報じられる頃、盛岡はまだ気持ちが冬。
桜が咲くのはゴールデンウィーク。多くの植物が突然一斉に花開きます。

初夏、最も緑が美しい頃に「チャグチャグ馬コ」開催。
この日は晴れの特異日とされており、この日に雨が降った記憶が殆どありません。
やはり、神のなせる業でしょうか。蒼前神社から盛岡八幡宮までの馬パレード。

夏は短いです。エアコンなど、必要ありません。
盛岡の盆踊りは「さんさ踊り」と呼ばれ、非常にエネルギッシュ。
飛んだり、跳ねたり、手を打ったり、太鼓を打ち鳴らしたり笛を奏でたりもします。
しっとりと踊る類のものではありません。あくまでも力強く。





秋は送り盆行事「舟ッこ流し」終了後、翌日からスタート。
これは祖霊を小船に乗せてお見送りするものです。
お祭りの屋台で目を引くのは「うすやき」・「紫波駄菓子」。

冬は「盛岡八幡宮祭」終了後、嘘のように翌日からその兆候が訪れます。
雪が降る前には必ず「雪虫」と呼ばれる小さな虫の群れが球状をなして発生。
「雪の匂い」が風に乗ってやってくるのも、盛岡人は敏感にキャッチします。

山にはアカマツ、ブナ、クマザサが多く生えています。
孟宗竹ではなく「根曲がり竹(姫竹)」が生え、食用とします。
山菜など自然資産に富み、季節感を感ずる生活をよしとします。
市内の小学校では、冬に「スキー(スケート)授業」がありますが、
校庭に必ず設けられている「盛り土」をスキー場に代用することもあります。
児童らはこの盛り土を、通称「山」と親しみを込めて呼びならわすようです。





のんびりしているので、都会と違って車のクラクションがほとんど聞こえません。
一方通行が多い路を逆走しても、ライトで優しく警告してくれます。
自転車のベルすら鳴らすことをためらう人が多いのですが、
「雪道でも自転車を乗りこなす盛岡人」は誰にもぶつかりません。

食堂で蕎麦を頼めば「ゴンパチ」と呼ばれる「紅葉おろし」がワサビと並んでついてきます。
居酒屋では「ズボヌキ」と呼ばれるサトイモに大根おろしを和えたものがお通しに。
市民は「豆腐(特に木綿)」をよく食べ、正月雑煮に「イクラ」を散らすのが特徴。
団子は「甘いみたらし」より「しょっぱい生醤油を塗したもの」がメジャー。

なぜか節分における「厄払い行事」が盛大で、
酒宴を開き多く人を集めるほど厄が落ちる、ということになっています。
また、結婚式でも葬式でも、フルコースの最後は蕎麦。
御椀は金箔で菱形をあしらった秀衡塗。岩手県は、漆生産高日本一なのです。




良識ある企業は、応接テーブルに「南部古代型染」のテーブルクロスを敷き、
その上に「南部鉄器の灰皿」を置くというのが王道。

年末には「ゑびす講」と呼ばれる近江商人由来の歴史あるセールが開催されます。
これにより市内は大渋滞をきたしますが、それに目くじらを立てる人もいません。
そういう人が、沢山住んでいる街です。


「ALALA」って誰?
東京と横浜を愛する、漂白の人。
美味しいと思うものにはあまりありついていないが、
オイシイと思える人には、かなり沢山出会っている。

興味の無いものには、基本的に手をつけない主義。

「モノより思い出」派。
東京に来たのに、あまり欲しいものに出会わない。

好きな食べ物は、「揚げバナナ」と「水羊羹」。

世を忍ぶ仮の姿で他のホームページを操作したり(ハッカーとかではありません)、
mixiに参加したりしている。
知らない人、特に欧米人によく道を訊かれる、という特徴を持つ。
東京に移住してから、なぜかチャイニーズやコリアンに間違われ、
彼らの母国語で挨拶されるという経験を持つ。
寒さに非常に弱い。